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【改作落語】村上春樹初天神

※なぜか急ぎ足で「初天神」を演じる

父「おい、おっかあ、ちょっと羽織を出してくれ」
母「あら、どこかへお出かけかい?」
父「おう、天神様へ行こうと思ってな」
母「あら、今日はそういえば初天神だね。なら金坊も一緒に連れてっておやんなよ」
父「金坊は勘弁してくれよ」
母「勘弁してくれって、自分の子供でしょうに」
父「あいつは連れてくと、あれ買ってくれこれ買ってくれって、うるさくてしょうがねえんだ」
子「ねえねえ、初天神に行くんだって?ならおいらも連れてっておくれよう」
父「耳のいいガキだねどうも…。だったらおめえ、今日は絶対にあれ買ってくれこれ買ってくれ我儘言わねえって約束できるか?」
子「うん、約束するよ!わーい、お父っぁんと初天神だあ」
父「よし、じゃあ行くぞ。(歩きながら)いいか、あれだけ約束したのにまた欲しがったら、川ん中へ放り込んじまうぞ!」
子「いいよ、あたいは泳げるから」
父「泳げたって駄目だ、川の中には河童っていう不思議な生き物がいてな、お前なんか頭からガブリと食われちまうんだぞ」
子「河童なんか本当はいないんだよ。そんなの信じてるなんて、お父っぁんは利口じゃないね」
父「可愛くないガキだねまったく」
子「わあ、もう着いた。人がいっぱいだね」
父「そうだな、はぐれねえようにしろよ」
子「ねえねえ、お父っぁん、あたい今日いい子だよね」
父「ああ、そうだな」
子「ねえねえ、お父っぁん」
父「なんだよ」
子「だからさ、ご褒美に、何か買っておくれよ」
父「ほーら始まった!今日はそういうこと言わねえって約束だろ!」
子「そんなこと言わないでさあ、ほら、あそこに団子屋があるよ。団子ーーー!団子団子団子団子団子、団子ーーーーー!」
父「うるっせえなあ、わかったわかった買ってやるよ…おい、団子屋!」
店「へい、いらっしゃい」
父「なんだっておめえ、こんなところに店を出しやがるんだ!」
店「いつも出しておりますけど…」
父「団子一本くれ」
店「アンコ、蜜、きな粉とありますがどれにいたしやすか」
子「蜜ー!あたい蜜がいいー!」
父「ああ、じゃあ蜜くれ。たっぷりオマケしてくれよ。ああ、ほらよ代金」
子「わーい!蜜、おいしそう!」
父「まだ駄目だ、このままじゃ垂れて着物が汚れるだろ。ちょっと待ってろ。(ものすごい勢いで蜜を舐め取る)ほらよ」
子「うぎゃあああ!蜜ぜんぶ取れてただの団子になってるう!」
父「泣くんじゃねえよ!しょうがねえなあ。サッ(蜜の壺に団子を突っ込む)ドババッ。ほらよ」
子「わあい、やったあ」
店「あ、お客さん困りますよ」
子「そっちの壺には何が入ってるの?」
店「なんて親子だ、もう、あっち行ってくださいよ!」
父「さあさあ、早えとこお参りを済ませないとな」
子「あ、お父っぁん、凧を売ってるよ。ねえ、買っとくれよ」
父「いい加減にしやがれ、団子買ったばっかりじゃねえか」
子「うわああああん凧揚げやりたいよあ!凧おお!」
父「わーかったよ!買ってやるから泣くな!いっぱいあるな…。どれがいいんだよ」
子「あの一番大きいのがいい」
父「馬鹿、あれは売りもんじゃなくて看板の飾りなんだよ」
店「いえ、売りますよ」
父「売らねえって言えよ!」
子「ねえ、買ってよおお」
店「ねえ、買ってくださいよおお」
父「真似してんじゃねえよ!もういいや、買うから。ほらよ」
店「ありがとうございます」
父「ああもう、まったくしょうがねえガキだ」
子「ねえねえ、お父っぁん、さっそく凧揚げをやろうよ」
父「じゃあほら、凧を持って後ろに下がれ。上手に揚がったら金坊に持たせてやるから」
子「うん、わかったよ」
父「よし、一緒に走って、俺が離せって言ったら凧を離すんだぞ、せーの、よし離せ。ほーら、ほら、風に乗って揚がっていくぞう」
子「うわあ、すごいや。あたいにも持たせてよ」
父「もっとちゃんと揚がってからだ。へへ、どうだ上手いだろう。お父っあんガキの時分は凧揚げの名人って言われてたんだ。そーれ揚がれ揚がれ」」
子「ねえねえ、お父っぁん、そろそろ持たせてよう」
父「うるせえな!子供の遊びじゃねえんだ!すっこんでろ!」
子「あ~あ、こんなことなら、お父っぁんなんか連れてこなきゃよかった」





…えー、時間が余りましたので、残りの時間は、『村上春樹初天神』をやりたいと思います。

母「初天神に行くんなら、金坊も連れてっておやりなよ」
父「やれやれ、なんだって僕がそんなことをしなくちゃならないんだ」
母「でも、子供はお祭りに行きたがるものじゃないかしら」
父「行きたいかもしれないし、行きたくないかもしれない。いずれにしても僕には関係のない話だ」
母「関係ないって言い方はないんじゃない?親子なんだから」
父「彼が僕と親子であるという関係性を重視するのならば、ね」
子「お父っぁんさっきから何言ってるんだよお。連れて行っておくれよお」
父「彼の耳はまるで暗がりに身を潜める鼠小僧次郎吉のように鋭敏だった。わかったよ。僕は君を初天神に連れて行く、けど、君は何も欲しがらない。いいかな?」
子「大丈夫だよ、あたい、いい子にするからさあ」
父「やれやれ、僕はそう言って金坊と長屋を出た。正月二十五日の江戸はどこかまだ気忙しさが残っている。僕達はまるで深夜の大名行列のようにゆっくりと通りを歩いた。街の人々は極めて便宜的に動いているようでいて、初天神にお参りするという与えられた役割をこなすための小さな歯車の集合体のようでもある。微かに聞こえてくるのは三味線の音色に乗せたワラ・ベウターのトゥ・リャンセーだ。その柔らかく包み込むような歌声は僕の内側で凝り固まっていた感情をそっとほぐしていくようだった」
子「お父っぁん歩きながらなにわけのわかんないこと言ってるんだよお。酔っ払ってるの?」
父「酔っ払っているかもしれないし、そうでないかもしれない」
子「なんでいちいち曖昧な言い方するんだよお」
父「くたびれてるんだよ。銀の含有量を減らした宝永四ツ宝丁銀ほうえいよつほうちょうぎんみたいにね」
子「例えが回りくどくてわかんないよ。ねえねえ、あたい今日いい子だよね」
父「そうだね。応挙が描いた子犬みたいにいい子だ」
子「だからさ、ご褒美に、何か買っておくれよ」
父「やれやれ、君はいったいどうしてそうなんだ」
子「ほら、団子屋があるよ。ねえねえ、団子買っておくれよう」
父「やれやれ、僕はそう言いながら団子屋の女の子に声をかけた」
店「いらっしゃいませ。どの団子にしますか?」
父「その時、僕はこの女の子と寝ることになるかもしれないと思った」
子「子供の前で何言ってるんだよ!早く買っておくれよ!」
父「団子が一つ必要なんだ。普通の団子でいい。なるべく、普通の」
店「でしたらちょうどいいのがありますよ。アンコ入りはどうでしょう」
父「いいね、すごくいい」
店「団子というのは本来こういうものなんです。蜜とかきな粉とか、みんな頭がおかしいんです」
父「僕もそう思う」
子「そんな会話どうでもいいから早くおくれよう!」

春樹ネタも尽きてきたので、ここからは別の作家でお送りします。

子「あ、お父つぁん、団子の次は凧屋があるよ。ねえねえ凧買っておくれよう」
父「うるせえ、これ以上ワガママ言うと、川ん中へ放り込んじまうぞ!川の中には河童っていう不思議な生き物がいてな…!」
【京極夏彦天神】
子「この世には不思議なことなど何もないのだよ関口君!」
親「誰だよその関口君ってのは!まったく、我儘ばっかり言いやがって」
【夏目漱石天神】
親「縁日を歩きながらこう考えた、団子屋を見たら食べたがり、凧屋を見たら欲しがって、財布を見たらもうカラだ。とかくに子育ては難しい」
店「何をぶつぶつ言ってるんですかお客さん、ほら、いろんな凧がありますよ、どれにしましょう」
【中島敦天神】
父「その声は、我が友、李徴子ではないか!?」
店「如何にも自分は隴西ろうせいの李徴である。しかし、何故こんな事になったのだろう。理由も分らずに押付けられた凧を売って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ」
父「金坊、じゃあ李徴子の売ってる凧のどれがいいんだい?」
【金子みすゞ天神】
子「みんなちがって、みんないい」
親「全部買うつもりかよ!ああ、もう金が無いんだった」
店「金がねえなら用もねえですよ!タダで持ってかれたらこちとら餓死 うえじにですからね」
【芥川龍之介天神】
親「では、己が引剥ひはぎをしようと恨むまいな」
親父は、すばやく、凧を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする李徴を、手荒く屋台の上へ蹴倒した。親父は、剥ぎとった檜皮色 ひはだいろの凧をわきにかかえて、またたく間に空き地へとたどり着き手本と言って揚げ始めた。
親「へへ、どうだ上手いだろう。お父っあんガキの時分は凧揚げの名人って言われてたんだ。そーれ揚がれ揚がれ」
子「ねえねえ、そろそろあたいにも持たせてよう」
親「うるせえな!子供の遊びじゃねえんだ!すっこんでろ!」
【太宰治天神】
子「金坊は激怒した!必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの父親を除かなければならぬと決意した。金坊には学問がわからぬ。金坊は、ただのガキである。ホラを吹き、近所のガキと遊んで暮して来た。けれども己の欲望に対しては、人一倍に敏感であった」
親「わ!何しやがんだ金坊てめえ!」
子「生まれてすみませんねええ!」
親「やめろ!てめえはいつもそうだこん畜生!」
子「恥の多い生涯を送ってきましたよーだ!」
親「あっ!(凧の紐が切れて飛んでいく)」
【西條八十天神】
子「(空を見上げて)母さん、僕のあの凧、どうしたんでしょうね?初天神へ行く道で、李徴から奪い取ったあの凧ですよ。母さん、あれは好きな凧でしたよ。けど、親父が独り占めするもんだから。ああ、やっぱり、親父なんか連れてくるんじゃなかった」

(終)

【青乃家の一言】
今回は成田屋解散さんの『クソデカ初天神』に触発されて書きました。

メチャクチャ面白いので皆さん観てください。三遊亭ふう丈さんの『ターミネーター初天神』などもありますが、とにかく改作のしやすい、土台の強固な古典落語ということなんでしょうね。

古典の改作は初めてだったのですが、書いてて楽しかったです。村上春樹さんを一番読んでいたのは十代の頃なので、近作とは雰囲気が違うかもしれませんがご容赦ください😅

また他の演目の改作にも挑戦してみたいと思っとります。