見出し画像

小説-「拾った小石」②

続きです。
       (1112文字)


私は大人になってもまだ、拾いものをしている。


私が勤めているネイルサロンの本日、最後のお客様。
山の上のご婦人、矢上様。
サロンに勤めて初めてのお客様が矢上様だった。
「あらっ?新しい子が入ったの?じゃあ、今日はその子にしてもらおうかしら。お手並み拝見。店長、いいかしら?」
「私、新しい風が好きなの。あなたの好きにしていいわ。」
ある程度年齢はいかれているとは思ったが、シミの無い白く少しだけ筋ばった手の甲に、メルダイヤで埋め尽くされた太めのリングをつけた長い指は、気品のある手だった。勿論、服装にもそれが出ている。私はとても緊張していたが、時間の経過とともにその気高い指先と爪に向う楽しみで、矢上様のお話しを聞きながら集中した。濃厚なベリーをイメージしたそれに、矢上様は
「うん。悪くないわ。ありがとう。」
っと、気に入って下さった様子で、心底ホッとした。

矢上様はとても気の良いご婦人で、それからもサロンに訪れては色んなお話しをされる。今は亡くなられたご主人の遺産で悠々自適に暮らされている様子。同じく山の上に暮らすお友達や、そのお友達の知人等を呼んでは、ホームパーティーを楽しまれているとか。
「ねっ。ねっ。麻美ちゃんも今度うちへいらっしゃいよ。色んな人と出会えるから楽しいわよ〜。」
「ありがとうございます〜。」

勤めかけて七年目。大人になった私は程々の鎧を身に纏い、上手くかわす術を身に着けた。

「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

サロンを後にし、一人、自分の住むマンションの近くの小料理屋に向う。ここでビールを一杯だけ口にし、その日の心の澱を取り除くのだ。

会計をすまし、外気に触れ歩きかけたところで、見つけてしまった。

しゃがんで小さくなって丸まっている背中。私の気配に気づき、ふと見上げた目が、捨てられたクマのぬいぐるみのように円らな瞳に悲しみを湛えている。くせ毛なのか、茶色のクシャクシャ頭に薄汚れた白いパーカー。そのクシャクシャ頭に指をつっ込み、搔き回し、抱きしめたくなる衝動に駆られる。彼の顔が自分の好みだったからかもしれない。心がざわざわする。止めておけ。関わってはいけない。事件絡みだったらどうするの。危険信号が灯る。
母親の「あんた、何やってんの。」っと声が聞こえる。

なのに、、、

「大丈夫?」

声をかけてしまった。

「歩ける?」

お腹がすいて歩けないと言う彼をそのままにして、コンビニに走った。お茶とおにぎりを渡して帰ろうと思ったけれど、、、

薄汚れたクマのぬいぐるみを放っておけなかった。

「うちに来る?シャワーだけでも浴びて帰って。」

そう、シャワーだけ。 

続く。

#忘れられない恋物語 +#小説

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集