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何かを断言するトップダウンdecisionのときに感じる不安定感の正体は何なんだろう?

私はオカネに関する個人の変容専門家(ソース)である。

先週、これを断言する機会があった。
自分はオカネの専門家である。そして、オカネそのものよりも、オカネを取り扱う人々の心にフォーカスしてコンサルティング業を行っている。それでもなお、自分がソースだ!と言い切るのに何か引っかかるものがあった。

躊躇
不安
見切り発車
自己確信
呼ばれている
経験

いろいろな感情が混在している状況下で

「じゃあ、身体に聞いてみよう。深くリラックスして、身体感覚に注目する。意識を下げていく。心臓のあたりはどんな感じ?胃のあたりはどんな感じ?もっと下がって腸のあたりはどうかな?」

と尋ねられた。


私は軽く目を閉じ、深呼吸をして身体の力を抜いていく。
その後は自然な呼吸に任せて、身体感覚や、浮かび上がる現象をただ観察する。

数分間ののち、身体に問いかけてみた。
私はオカネに関する個人の変容専門家(ソース)であるのか?

すると、身体が激しく反応するではないか。
手足の毛細血管から震えるように、波紋のように共鳴が起こる。腸から体温が高くなり、内臓が何かを祝福しているようですらある。興奮が全身を包んでいるが、なぜか頭は冷静で、大地にしっかりと足がついているような据わりの良さ。


私はゆっくりと応えていた。


私はオカネに関する個人の変容専門家(ソース)である



Money Workを提唱したPeter Koenigは、そのセミナーを繰り返し開催する中で、Source Principle(ソース原理)を発見しました。ヨーロッパを中心に、そのソース原理を活かして活動する人々がいるのだが、今回はそのうちの一人、Alexander Inchbaldとセッションしてみました。


さて、ようやく本題

なぜ私は、「私はオカネに関する個人の変容専門家(ソース)である」というフレーズを断言するのに躊躇したのでしょうか?

これは頭で考えてしまったからだと思うのです。

頭で考える時、人は無意識に色々なシミュレーションを繰り返すものだ。
もし〜だったら○○になるな。いや、もし〜だったら△△かもしれない。

このようにして思考が巡り、起こってもいない現象を憂いたり、起こってもいない現象に期待したりしてしまう。

私は、私を大切にしていないのだ。
頭に、つまり自我に、自我の防衛本能に振り回されているだけなのだ。心の声に耳を澄ませる必要がある。そのために、少し自我に大人しくなってもらう必要がある。自分自身に問いかける。心ではなく、身体に問いかける。身体は応えてくれるのだ。

自分につながる
自分を大切にする

と、私はよく言っていますが、これは頭(思考)でするものではないのだ。と言語化できました。

あなたの身体は既に知っています。自分につながった感覚を。

あなたの身体は既に知っています。自分を大切にした瞬間の感覚を。


もし、何かを断言したり、断定的な言い方をしたり、トップダウンで決断したりしたときに、何とも言いようのない不安定感を感じたのであれば、それは頭(思考)で動いているからなのかもしれません。

頭で動くと、自我が先回りします。
これは健全な防衛反応なのです。自我は何も悪くありません。自我はあなたの大事な一部なのですから。

そんな自我を抱きしめて、身体とともに応えていく。
なんと美しいのでしょうか。



私はオカネに関する個人の変容専門家(ソース)である

人が自然との調和で生きるように、本当の自分と繋がる閃きを全ての人に与える

それが私です。

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