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読書感想文 #14:サイコメトラーEIJI「サイレントストーカー」
物や人に触れるとそれに残った過去の記憶の断片を読み取るサイコメトリー能力を持った少年・明日真映児が、警視庁の女性刑事・志摩亮子と協力して怪事件を次々と解決していくというミステリー作品。
本稿ではCASE 3「サイレントストーカー」を扱う。
サイコメトラーEIJIでは「CASE.」でナンバリングされる事件回と「BREAK.」でナンバリングされる日常回があり、CASE 3「サイレントストーカー」ではBREAK 2で出てきたタカシという少年が引き続き登場、タカシの姉が所属するアイドルグループ周辺で起こる事件が描かれる。
サイレントストーカー
タカシの姉の清水晶子をはじめ、岡村いずみ、山村朝美、赤樹リエの4人で構成されたアイドルグループ「スクエア・ドール」がストーカー被害に遭い、それが殺人事件にまで発展していく。
殺害後にステージ衣装を着せられ、さらに舌を切り取られるという猟奇殺人だが、その犯人として目されているのが「サイレントストーカー」なる要注意人物……というのが概要だ。
「サイレントストーカー」が狙うのは17歳の美少女
色白で目が大きく髪は栗色……
そして無数の白紙の手紙や無言電話を何万回と繰り返し
ターゲットとなった少女の住所や電話番号はもちろん
生活のすべてを調べ尽くし監視し続ける
(中略)
いつの間にかなくなっていた下着やアクセサリーがラベンダーの花束と一緒に送り返されてきたり
住所を変えても1週間以内には新しいマンションの合鍵が送られてきたりする
えげつないストーカーっぷりである。
我が身に置き換えたら生きた心地がしない話だ。
現実では警察に相談しても「刑事的な害が出ないと動けない」と言われ結局悲惨な事件になってしまうといったケースを耳にするが、こういう明らかに被害が出ているのに民事不介入扱いになるトラブルに関しては、正直、反社に頼る以外に方法が分からない。
身の危険を感じ精神的に追い込まれるような状況にあっても、警察からはつまり「刺されるか殴られるかレイプされるかくらいしないと手出しできません」と言われるわけだ。
刺されたくないし殴られたくないしレイプされたくないから助けを求めているのだから全く意味がない。
全く意味がないけれど警察とて意地悪でそうしているわけではないのだから仕方なく、個人で身辺警護を雇うことになるだろうか。
詳しく調べてはいないが、リスクの程度によって1時間あたり4,000〜10,000円の料金がかかるそうだ。
仮に夜間20:00〜翌朝8:00まで近場で警備に当たってもらうとしたら一日12時間で安くとも48,000円、月30日間で144万円、年間で1728万円……こんな金額を"ストーカーが諦めるまで"という果てのない期間ずっと払い続けられる庶民は存在しない。
探偵に200万円払ってストーカーの正体を突き止め、反社に(相場は分からないが)1000万円払ってストーカーを再起不能にしてもらうほうがよほど確実で安上がりに感じる。
巨大組織になった反社は玉石混交で目も当てられないような輩もいるだろうが、「侠客」のように地域に根差した「無頼だが情に厚く腕っぷしの強いおっちゃんたち」くらいの集団はむしろいてほしいくらいだ。
サイレントストーカーの正体
犯人の正体を掴めないまま被害者は増えるばかりという状況で、志摩さんはサイコメトラーEIJI界のハンニバル・レクターこと沢木 晃に助言を求めに行く。
まさにクラリス(or ウィル)のようだ。
レクターシリーズに限らずCatch me if you canやWhite Collarのように有能な犯罪者(予備軍)が捜査に協力するという映画やドラマがいくつかあるが、そういう関係性を非常に魅力的に感じるのはなぜだろう。
人を食ったような態度の犯罪者がなぜか一人の捜査官にだけは興味を持って協力したり時には助けたりするという、ある種の絆のようなものの垣間見える様が「全然近寄ってくれなかった孤高の野良猫が懐いてくれた」みたいな感覚を彷彿とさせるからだろうか。
本作の有能な犯罪者である沢木は相変わらずジェネリック・レクターの佇まいなので、志摩さんが相談に来た内容を話す前に「〇〇のことかい?新聞で読んだよ」と、まるでレクター博士みたいなことを言ってみせる。
しかし獄中で読んでいた本の山を見た志摩さんに気づき、「何なら一冊どうだい?どうせ一言一句まで頭に入ってるんだ」という余計なことまで言ってしまうのがジェネリックたる所以だ。
ハンニバル・レクターをモデルにしてるキャラクターが俺は記憶力すごいんだぞアピールなんかしないでくれよ。
こういうのは本人以外の看守や隣の囚人あたりが「あの人、一度読んだ本の内容を一言一句覚えてるんですよ」って伝えてくれるか、志摩さんが「そういえばあなた、昔から記憶力だけは隠してなかったわね」とか言うのがベストなんだ。
本人が自分の能力に酔っ払ってる感じにすると小物感が出ちゃうでしょ!
中二病っぽさとかさあ!
さて、沢木から「先入観」というヒントをもらった志摩さんはこれまでのプロファイリングを根本から見つめ直し、「そもそも"美しい少女"が狙われたからといって犯人が"男"だとは限らない」ことに気づく。
ここまでの志摩さんのセリフではサイレントストーカーのことを「彼」と表現していて志摩さんの先入観を介して読者側も「犯人は男だ」と思い込むようになっているし、それがなくとも「アイドルを執拗にストーキングし殺害した」と聞いたら犯人としてほとんどの人が男性を浮かべるだろう。
実際に刑法犯検挙人員全体の8割が男性であり、うち嬰児殺害以外のすべての項目で男性の割合が高くなっている。
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例年を見ても男女比が覆ることがほぼないことから「刑事犯の人物像が男性になる」のは先入観であって偏見ではないが、しかし今回はその先入観によって目が曇ることになった。
果たして「サイレントストーカー」の正体は最も味方のように見えていたスクエア・ドールのマネージャー「荒井弓子」と判明する。
彼女は過去のトラウマが元で人格が解離していて、マネージャーとして純粋にアイドルたちをアシストしようとする人格と、自身のトラウマに合致する対象として酷い目に遭わせる攻撃的な人格とがぐるぐると入れ替わり、人格同士で対話しているようなシーンさえあった。
攻撃的な人格の時には例によって珍妙な呼吸法になるのだが、正体を表した後は「テッセヴー…テッセヴー…おしゃべり女の舌を抜け〜〜おしゃべり女の舌を抜け〜〜」と言いながらプライヤーとナイフを持って標的のアイドルを追いかけ回すので、ビジュアルも相まって非常に怖い。
正体が判明するより前の追いかけ回すシーンではおそらくシャイニングのオマージュと思しきシーンがあるが、
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頭突きで穴を空けている様子が本家シャイニングよりもぶっ飛んで見える一方で、なんかちょっと一生懸命で可愛いみたいな気持ちにもなる。
一瞬だけ。
ちなみにテッセヴーとは"Taisez-vous"のことで、フランス語で「黙れ」という意味らしい。
テゼヴの方が本来の発音に近いような気がするがテッセヴーの方が変にリズミカルなせいか不気味さが増して感じられる。
発動条件
こんな身も蓋もないことを言うのは非常に野暮だと思うのだが、「サイレントストーカー」が狙うのは17歳の美少女、色白で目が大きく髪は栗色……という条件があるわけだから、
「17歳の美少女で色白で目が大きい」はどうしようもないとしても、髪色を栗色以外にすれば対象外になったんじゃ……?
黒髪にするもよし、金髪にするもよし。
命と引き換えにしても髪を栗色に保ちたいアイドルとかいないよね?
ただ、スクエア・ドールが標的になった条件としては「フランス人形のような外見(青い目:スクエア・ドールは青のカラコンを入れている)」と「秘密の暴露」だそうなので、レギュラーのサイレントストーカーは「17歳の美少女、色白で目が大きく髪は栗色」を条件として執拗につけ回し尋常じゃないレベルの嫌がらせをするに留まるが、殺人鬼ver.のイレギュラーなサイレントストーカーは髪色を変えただけでは回避できないのかもしれない。
じゃあレギュラー時のサイレントストーカーはなんなのよ。
何にトラウマを刺激されてるのよ。
「過去のトラウマが原因で"西洋人風のルックスを持つ女性"を標的にするようになった」と説明されているが、レギュラー時は青目は関係ないの?
当時の流行は分からないが、栗色の髪の女性なんて別に「西洋人風」の条件に入らなくない?
茶髪という言葉自体は1994年頃から使われだした[1]。日本においては「茶髪の若者=不良」というイメージを持たれていたが、1990年代中頃に、歌手の安室奈美恵に憧れファッションを模倣する「アムラー」が登場した頃から一般的になり始めたとされる[2]。また、当時ブームとなったサッカーのJリーグでも、髪の色で個性をアピールする選手が増えた。
本作の連載開始は1996年なので、まさに「茶髪の若者=不良」から「アムラー」に移行しようという時期だと思われる。
西洋よりも不良や安室ちゃんのイメージが強いご時世に「栗色の髪」という条件をわざわざ追加したのは何か意図があったのだろうか。
おわり
結局このCASEではタカシの姉を含むスクエア・ドールのメンバー3人とスタイリストの男性が殺されて終わるが、唯一生き残ったメンバーの赤樹リエはエイジとトオルの昔馴染みであり、またトオルの片思いの相手であり、さらにエイジと縁深いと思しき謎の人物「赤樹宗一郎」の妹という描写がある。
この赤樹宗一郎、ちょいちょい名前が出てくる割に中々素性を明かしてくれない謎の人物だ。名探偵コナンでいうところの初期の赤井秀一くらいチラつかせられる。
志摩さんとも何やら関わりがあるっぽいが、一度読んだはずなのに全く覚えていない。
悔しい。