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くるみんの何でもない物語

碧音来見プロフィール(2023.1更新)

来ていただきましてありがとうございます。

私は、日々の意識の学びをnoteに徒然に書くことが好きな「自分愛好家」です。

「自分愛好家」というのは、自分と向き合い過ごすのが大好きただ自分を楽しむ人という意味です。

「ただ、自分を楽しむこと」が、「人生を楽しむこと」であり、私のライフワークです。

以下に、私の状況を書いております。

随時、加筆修正しておりますので、時々戻ってきてくだされば、更に嬉しいです。

ここでいちばん読まれている記事(2023.1更新)

noteでは、以下のような記事を書いています。
テーマは、自分がらみ、時々、子育て、起業関連、つぶやきなどです。

これら全てに共通していることは、「意識」「自分」です。

2018年頃からの自身のテーマとなってきた「自分戦略」

「戦略」のつもりが、「生きる目的そのもの」だと気づくようになりました。

特にここ1年では、「目覚めbefore after」の内側を取り上げる記事が
殆どになりました。

私自身、少しずつ目覚めながら投稿してきたので、その時の「目覚め」の度合いにより、それぞれの記事の意図が異なって感じられることもあるかもしれません。

目覚める前と後とでは、物の見え方が異なったり、一見同じ(何も変わらないように)に見えたりするのだな、というように、
おおらかな目で読んでいただけると幸いです。


そして、重要なこと。

「目覚め」は、「一瞥体験」で、「ここで終わり」ではなくて、永遠にその濃度を増してゆくもの、仏教的にいえば、仏門に入門するスタートとなる「得度」のようなもの、と感じております。

現時点でも至らない表現も多々あると思いますが、多めに見てくださると幸いです。


そんなアカウントですが、以下に、2023.1現在時点で、一番読まれているランキング10を挙げました。

前回更新が2022.9でしたが、下位ランキングで変化がありました。

ランキングは随時変わっているようなので、時々updateして行ければと思っています。

また、それぞれの記事は、今より未熟な当時の私の考え方で書いており、今読むと、補足したいこともたくさん出てくる次第です。

記事内容の加筆修正も随時して行きますので、合わせて寛容にみていただけると幸いです。

10位 引き寄せは自然についてくる

「引き寄せ」は、特別なことではなくて、あなたの今なんだよね。 あなたがそのままで完璧(いい)ということだよ。

今が、実はあなたの願いが叶っている状態。

2022.9に、番外(10位以下)から10位にランクイン。
今回も10位。


9位 仕事で自分が発揮できていない気がする

この記事は、今回、番外から浮上してきました。

クライアントさんから頂いた悩みを、ご本人確認の上、載せたものです。

お仕事でご自身が活かされていないと思われている方が、少ないくないかもしれません。

悩まれている時は、動かず、ご自身の内面と向き合うのが、まずはおすすめだったりします。

ですが、どうしようもない衝動がある場合は、思うように動いてもOK。我々は、いつでも、どんな状況下でも、絶対に大丈夫な存在です。

「失敗」とかないので、安心して状況をやり過ごして行ってくださいね。

▶︎余談
「前回2022.9の9位」は、
「頑張る」は、考え方が損してる、
頑張らずにずば抜けてくる時は自分が繋がっている
という以下の記事でした。

今回、番外になりましたが、アクセス数は依然増えているので、以下にシェアしておきます。


8位 自分の好きがわからない・自分が何者かわからない理由

「自分のしくみ」を理解して自分戦略。

前回7位からランク維持。
読んでいただきまして、ありがとうございます。


7位 ネガティヴな感情が教えてくれる外側に振り回されない方法

感情は貴重なサイン。否定するものではなく気づくもの。
前回と同じ7位。
読んでいただきましてありがとうございます。
ご感想、コメントいただけたら、とても嬉しいです。


6位 ストレスを「根本的に」減らしたい

前回6位だった「愛」と「引き寄せ」の記事と順位が逆転。
ストレスは気になりますね。
多くは自分で何とかなるよって記事です。 


5位 「愛」と「引き寄せ」

「愛」だったら、そんなに苦しくないはず。
そこがポイントです。

苦しむのを辞めたい人向け。


4位 「親子共依存」から自由になる子育て

半永久的に「閲覧数」と「スキ」のGAPが一番大きい記事です。


3位 朝の習慣が人生を変える・最強の朝活習慣を手に入れるために

朝活ブーム、すごかったですね。

2017年頃に朝活という存在を知り、参加し、そして、守破離の「離」的にパターン化した朝活で人生が変わってきたんです、私。

全ては、朝活からスタート、一瞥体験に導かれていった。

朝活のきっかけは、自己啓発。

自己啓発は、とっつきやすい、より良い人生を送るきっかけになる手軽な良いもの、ですよね。

もっと豊かになりたい、なり続けたい場合、朝活からスタートされるの、おすすめです。


2位 生きがいのフレームワークって知っていますか?

「IKIGAI」という逆輸入の納得の理論。起業や仕事などやりたいこと見つけに。


1位 ありがとうございます😊

くるみんの何でもない物語
読んでいただき、いいね、くださり、ありがとうございます。

読み返すにつれ、もっと読みやすくしようと思える記事です。
これからも時々更新してまいります。


名前の由来は?

碧音来見は、数年前にお坊さんからいただいた名前です。

当時、私自身はそれまでと何も変化がないのに、
私の周りで、怒涛のように目まぐるしい変化が起きていました。
まるで、ストーリーがどんどん変わってゆく映画を見ているようでした。

周りだけがこっちもあっちもバタバタと変化しているので、
臨場感が全くなかったのが私には幸いでした。

私までどうにかなっていたら、今、ここにこうしていなかった、
別の人生を歩んでいたかも知れません。

それにしても、当時は、平穏に過ごしたい願いが強くなっていた時期でした。

そして、救いを自分との向き合いで、と、当時、出家したくて「得度」を目指せないか真剣に考えていたのです。

2024年「得度」を得ました。沙門来見(らいけん)

瀬戸内寂聴さんの生き方にも憧れていました。

女性でも男性でもなく、人間として、病気とのご縁なく、しっかり生きて行けるお名前をということで、お坊さんに名付けていただきました。

それが、「碧音来見」有難い名前です。

周りからはこう見られている

クライアントさんたちから
・パワーもらえる
・元気もらえる
・元気になるから来ている
・視点が広がる
・そのようになりたい
・優しいだけでなく厳しさも
・来見塾開いてほしい
・声聞いてると感謝したくなる(→声だけ?笑)
・神、尊敬する(→自分の手綱しっかり締めます。)
・分析がすごい
・深い

様々な所属の仲間から
・外見女で中身は男
・褒めるのが上手い

・ビジネス思考の脳

・ユーモアがある
ムードメイカー

・頑張り屋

・パワーが炸裂している
・メンターしてください

・ビジネス教えて欲しい
・あなたはリーダーだ
・経験が深い

・あなたとはまた面白いことができそう、また声かけて


こんなことを言ってくださった方も⬇︎

+++++
動画削除しました。
+++++

メンター(コーチなど)の方々から
・irregularだ
・ガッツが炸裂
・やりたいことなんでもやってほしい

過去留学していたアメリカで
・(百発百中ですが)YOUは本当に日本人なのか?

看護婦時代は
・本当にあんた看護婦?
・似合わないー
・実はアネゴ肌なのね!by 婦長

(番外編)子供から
・頼りになる(自立してねー)
・お料理が上手い(我が子は単に、おフクロの味が1番好きなだけ。一般競争力のない腕前です。)

占い師のクライアントさん達(ビジネスコンサル)からは、
・タロットのソード(sword)のクイーンそのもの

ソードのクーンとは、以下、写真のイメージです。

企業に勤めていた時、教室起業運営をしていた時、ビジネスコンサル時は、こんなー面が強調されるのでしょう。

【ソードクイーン特徴】情報と分析と結果しか気にしていない人・感情抜き・冷たい印象の女性

一方、(既に削除した)上記のビデオで語ってくださっている方の私の印象は、タロットで言えば、カップやワンドのクイーンです。

カップのクイーンのイメージはこんな感じ⬇︎

【カップクイーン特徴】感情が溢れ出すタイプ。外見、女性らしい柔らかさがある。直感的で、神秘的、優しいけどプライドも高い。自分は思慮深いと思っている。笑

占い鑑定をしている時、コーチングしている時、過去、看護婦をしていた時、恋に落ちていた時は、こんな面が強く出るのでしょう。


さらには、「ワンドのクイーン」的な印象を持たれているのだろう、ということも過去ありました。

企業で働かせてもらっていた時、教室起業運営していた時、海外留学していた時、ダンスやお稽古事、好きな事をしていた時です。

情熱と意欲に満ちて、目標を達成させる、などの側面が現れやすかったのでしょう。

ワンドのクイーンはこんなイメージ⬇︎

【ワンドクイーン特徴】情熱的、熱意バッチリ。目標設定型。個性的、カリスマ的。モテる。見た目、見せ方が天然でわかってて、魔性の女系。 

注・・・タロットでの「クイーン」は、女王様、というより、「経年の女性」とご理解ください。



いずれにしても、見る人の立場によって、私の印象が変わっているから面白いですね。

それが何を示しているのかといえば、

人は、自分が見えた面から、自分のフィルターを通して、相手を判断するということです。

そして、その人がそう思うのならば、それがその人の相手に対する真実ということになるでしょう。

どれが「正しい」か、正しさなんてないんですよね。そもそも。
自我で生きている我々にとっては。

「正しさ」とは、その人それぞれの「思い込み」で決まると言うことで、幻想そのものなのです。主観的なんです。

悪い意味ではありません。人間とは思い込みで生きていますから。


他人の印象は、私自身の認知とあっていたりあっていなかったりで、あっていようといまいと、私には影響しないのです。

私は、何者でもあるし、何者でもない。
その人次第で変わる実態のない存在。 

でも、誰かがいてくれることで自分の在り方が浮き出てきます。

(これにワンネスや真我などを持ち出すと、また違う議論が出てきますが、今は、自我の範囲で言っています。)

自分はどう思うの?
うーん。

こういう面もあるし、ああいう面もあるし、そういう面もあるし、
こういう面もないし、ああいう面もないし、そういう面もない。

うーん。。。。。

全部そうだし、全部そうでもない。

どうでも良いかもです。

生きている間に「自我」を可能な限り少なくして「愛」の存在に可能な限り近づく、戻る、それだけでいい。


なので、人の意見は、それでいい。

「そう映るんだね」と、ありがたく参考にさせていただいています。

投影の原理を持ってすれば、そこからもたくさんの気づきがありますしね。

人生は必ず良いこともそうでないこともある?!


ちなみに、紛れ込ませて書きますが、10歳の頃に、一度、脳震盪で走馬灯をみたことがあります。

死後の世界は、光に満ちていて真っ白で眩しくて、「意識」と言うか「自分のエネルギー」以外は、心地の良さしかない、まさにこれが天国?のような感じがするスペースでした。


この光に満ちたイメージは、後に体験した、「癒しの呼吸ワーク」で、「意識がなくなる」前に見える光景と同じものでした。

あ、行っちゃってる感じがしたら、スルーしてくださいね。



さらに、
中学校の頃、自転車に乗っていて、車と直角にぶつかったことがあります。ぶつかった衝撃で、ポーン!と空中に飛ばされました。

その瞬間、あー!(放物線上に)飛んでるー!って、どこかでわかっている自分がいて、目に映る光景はスローモーション。

気がつけば、軽やかに着地してました。自転車は、潰れてしまいましたが、私は打撲だけでした。不思議な体験でした。

(デイヴィッド ホーキンズ博士の著書によれば、スローモーション体験は、瞬間的にも、意識レベルがとても高い経験とのことです。
それが意識変容に繋がった実感は、ほぼありません。ただ、空を飛んでいる自分をスローモーションで見た、という、印象深い、ゆえに今でもその感覚を覚えている経験でした。)


また、20代の前半に、生きることに希望が見出せず、自殺未遂しました。胃洗浄して、自分の勤めていたICUに入院するのですが、あっという間に回復。

命の重みをまだ知らない頃の懐かしい思い出。

死ぬより生きている方が楽と身を持って理解した出来事になります。


今でもそうですが、まだまだ「甘えん坊ちゃん」でした。
どうしようもなく許され、愛されているのに気がつかない。

(あなたも、私とまるで同じなんですよ。どうしようもなく許され、愛されているんですけど、気づいていますか?)


人間らしい視点から言えば、あなたの人生と変わりなく、私の人生も、良いと思うことがあれば、それ以上に学びの多いこともあり、結局、帳尻が合うようになっていますね。

良いと評価すること、悪いと評価することは、バランスが取れるように、学びとして目の前に現れてくれるものなのだと、まずは、そう理解したら救われるかもしれません。

これは↑、まだまだ、線的に、二次元論的に、物事を、マインドで、一生懸命捉えよう、と思っていた頃に、こういう文章になりました。

物事は、もっとシンプルでした。

我々が、受け取っていることは、単に常に「経験」=愛=学びへの導き なだけです。

それをいいとか、悪いとか、高いとか、低いとか、好きとか嫌いとか、
勝手に「自我」が評価しちゃってるだけなんですよね。
だから、向き合ったらいいのは、意識したらいいのは、愛 なんですよね。

愛を暗ます自我が、目の前の世界を作っている。
つまり目の前にある我々が現実と思っていることは、自分でさえも、自我が作った単なる「幻想」なんですね。

2022.7 追記 2023.1 一部修正


やりたい放題やってきて導かれている方向性

「自分」という、小さな自我が、強くやりたい!ということに、人生を通して、古今東西、大小、手をつけてきました。

そして、各々に、ああ、こんな感じか、、という感覚を得てきました。

その中で、私は、私以外の何者にもなれないんだな、、所詮、自分は、設定の範囲内なんだな、、とつくづく感じる昨今です。

そして、頭での学びに遅ればせながら、私は、何ら、全てと変わりないんだなあ、と実感するに至っています。

そう。私はあなたと同じ。
あなたは、私と何ら変わりない。

みんな同じ。

私はあなたであり
あなたは私である。

愛と光、意識、ソース、エネルギー、ワンネス、集合意識、なんですよね。

意識を進化させるつもりはなかったけど、断捨離も進み、今まで「所有」してきた「もの」「活動」にも、ほぼ興味がなくなり、カバン一つでどこででも過ごせる状態になってきた、

その後に来たもの、受け取ったもの、導かれてきた方向。

そこを今、過ごしています。

勿論、まだまだ100%自我から自由になれていない状態ですし、自由になることは果てしない旅と理解したつもりです。

自我に死ぬことを目指ながら、それを達せていない状態でいいので、それに関する気づきをシェアして行きたい。

そんなんですから、「欲」や「衝動」にも、しょっちゅう、当たり前に駆られます。

そして、それでいい。

程々ならばいいな、とも思えるし、
どうしても欲しければ、取りにゆけばいいし。

そう。あるがままの自分でOKだよねって。
生かされている訳だし。

そう。我々、許されているから、生きてるんですよね。

少しずつ、意識で色々感じることができ始めて、改めて、その状態で物的なゲームを楽しめる、そういったのをやってゆきたい、と思っています。

自ら自分に課してきた、多くの制限を、日々軽くしながら、流れの中で生きてゆきたい。

外側がどうであれ、自分はいつも平穏でいれるゲームへのチャレンジ、試行錯誤が、面白い。

そのゲームに取り組み続けることが、今も、おそらく、これからも、一番興味があることなんだろうな、と思っています。


自分が1日24時間365日、どれだけ多く、この取り組みを意識できているのかを、毎日、「今日というスクリーン」を眺めながら、エネルギーチューンナップする作業。

それが面白くて、生きている、と言っても過言じゃない。


私はそんな風で、そして、これからも、あなたと共に、今を、永遠に楽しんでゆきたい。

人類皆兄弟?!って感覚です。

意味不明だったらご容赦ください。

乱文を最後まで読んで下さりありがとうございます。

これから、どうぞよろしくお願いします。(__)


追伸・・・ナーダ音

そうそう、2年半くらい前から、「周波数が聞こえる」ので、どういうことかわからず、周りによく言っていました。

それが、「ナーダ音」だったことがわかりました。

「本当の自分」でいれる時、
「ナーダ音」が聞こえるんだなってわかりました。

自分の内面から聞こえてくる「神性」な音です。

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碧音来見【あおねくるみ】
貴方の愛のエナジーを有難う💖

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