ぺちゃんこに潰れたGUCCIの靴箱
とある用事に向かうため、早朝の表参道を歩いた。
高級ブランド店のショーウィンドウの前を折れ、人通りのまばらな道を行く。
まだシャッターの降りたセレクトショップやレストランの合間に民家が建っている。
ガレージに艶々の外国車が並ぶ、立派な家だ。どんな人が住んでいるのだろう。
高い塀や柵で囲われたその内に、どんな生活があるのだろう。どの家からも生活の気配は少しも漏れ出てこない。
けれどふと視線を落とした先、家の前のゴミ捨て場にはぺちゃんこに潰れたGUCCIの靴箱が捨てられていて、自分とは違う層の生活のにおいを微かに感じる。
旅先の長閑な風景の中で、朽ちた農具を見かけた時みたいに、なんとなく切ない気持ちになった。
同じ日本に住んでいたって、同じ東京に住んでいたって交わらない人生ばかりだ。知らない人生ばっかりだ。
知らないだれかの人生に思いを馳せながら、しんと冷えた早朝の表参道を歩いた。