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ストリップ劇場に体験入店した話

「◯◯ちゃん、最近見いひんなあ」

「ストリップで働いてるの、彼氏にばれたらしいで」

「え〜そうなんやあ」

半裸の女たちの会話を聞くともなしに聞きながら、そのざっくばらんな雰囲気を少し意外に思う。

窓の無い薄暗い更衣室には、香水と煙草のにおいが入り混じり、年季の入った夜の店特有のノスタルジーに満ちていた。

「あれ、体入の子?」

部屋の隅で、おずおずと着替え始めたわたしと友人に気づいたひとりが、あかるい笑顔を向けてきた。

「こんにちは〜」

彼女の人懐っこい声を聞きながら、心のなかでわたしは呟く。

顔ちっさ。

小さな頭を支える華奢な首筋、リカちゃん人形のようにすらりとした四肢、そのスタイルの良さに息を呑んだ。

なによりも、形の良いおっぱいが丸出しだ。なんとなく目のやり場に困って視線を落とす。

店の女性たちはみな、冗談みたいに分厚く高いヒールを履いていた。

氷柱のように尖ったヒールは凶器になり得るだろうと、貸衣装のメイド服と共に、彼女たちが履いているのと同じものを手渡されたわたしは思った。

20年近く前の話だ。

正直、自分の記憶がどこまで正しいかわからない。ところどころはやけにはっきりしている割に、ほとんどの情景はおぼろげだ。

けれどこの日のできごとはなんとなく奇妙な経験として記憶の底に沈殿していて、

「あれは現実だったのだろうか……?」と、ふと思い出すことがある。

当時短大生だったわたしは、主なアルバイトの他に、キャバクラなどの「体験入店」で時々小遣いを稼いでいた。

体験入店は本入店の前にお試しで働けるシステムで、その日の給料を取っ払いで受け取ることができた。

当時は繁華街のいたるところで店のボーイやキャッチの男が、街ゆく女の子に競うように声をかけていたから、働き先はいくらでも見つかった。

休日の昼、繁華街で声をかけられ、一緒にいた友人とついていくことにした。

キャバクラよりも楽だからと説明されてたどり着いた先がストリップ劇場だった。そんな具合で紹介された仕事はもちろん踊り子ではない。

客へドリンクを提供したりサービス料を徴収したり、つまりはウェイトレスのようなものだと男は言った。

店は繁華街を少し外れた場所の、地下にあった。

地上部分は普通のコインパーキングで、事務所のような建物からその地下に潜っていくという、かなり怪しげな構造の店だった気がするのだけれど、今現在、いくらネットを漁ってもそのような物件の情報は何ひとつ出てこないから、おそらくわたしの記憶違いなのだろう。

もしくはネット上には出ないようなやばい店だったという可能性も捨てきれない。

ともかく、わたしと友人はボーイから手渡された貸衣装のメイド服に身を包み、氷柱のようなハイヒールを履いて店内へ出た。

ステージの中央に突き立ったポールに絡みつくようにして妖艶に踊る女性たちは、さきほどまでの親しみやすさとは打って変わって、まるで別世界の住人だった。

音楽に合わせて身をくねらせながら纏った衣装を器用に解き、花びらを落とすようにしてランジェリーを脱ぎ捨て大胆に舞う。

日常から遠く離れた未知の世界を前に、畏怖と好奇心とが入り混じる。

ステージからT字に伸びる花道の両サイドに配置された客席には、数名の男たちの姿があった。

お気に入りの子の谷間にチップを差し入れたりしている彼らに、注文されたドリンクを運んだり、ママと連れ立って時折声をかけたりするくらいで、最初に説明された通り、わたしたちに任されたのは簡単な仕事ばかりだった。

ショーの合間合間で、時折マイクパフォーマンスの時間があった。

「◯◯タ〜イム!!」などとボーイが叫ぶのと同時に照明が一段落とされ、ノリノリのBGMが爆音でかかる。

体験入店のわたしたちには少々刺激が強いイベントが催されているらしく、その「〇〇タイム」が始まると、バックヤードに入るように促された。

店とバックヤードを仕切るカーテンの内で身体に響く重低音を感じながら、なんともいえない気持ちになった。

約束していた終業時間があっけなくやって来て、わたしたちは取っ払いの給料を手にボーイに見送られて店の外に出た。時給はキャバクラの体験入店と同じくらいだったと思う。

純粋にウェイトレス要員を必要としていたのか、店の雰囲気に慣らしながら可能性を見極めストリッパーとして育てるつもりだったのか、それともなにか別の思惑があったのか、今となってはわからない。

よかったらまた働きにきてねと言うボーイに愛想笑いを返していると、慌ただしくママが追ってきて、華やかな笑顔で手を振った。

時刻は夕方で、外はまだじゅうぶんに明るかった。

おっぱいこそ見えていないけれど、露出度の高いママの格好に慌てたボーイは、周囲の視線を気にして店に戻るよう促した。

見慣れた景色のなかに戻ってくると、どっと疲れが押し寄せてきた。

なんだか狐につままれたような心地で電車に乗って、家に帰った。

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