Novelber/10:私は信号

 翅翼艇に乗っている時の感覚は、霧航士によって大きく異なるのだという。
 例えば、ゲイル・ウインドワードは翅翼艇を通して風の音色が「歌」に聞こえるのだといい、トレヴァー・トラヴァースは自らの身が溶けて翅翼艇と一体になる感覚なのだという。
 そして、オズワルド・フォーサイスにとって、翅翼艇とは「水」のようなものだった。
 うなじに同調器を取り付けて、目を閉じる。ゲイルの歌声を聴きながら、人間の肉体を離れた魂魄が「潜る」のを意識する。深く、深く、底の見えない水の中に潜っていく感覚。息苦しさはなく、自分がそういう生物になったかのような錯覚を覚えながら、更に大きく聞こえるようになった歌に向かって手を伸ばす。ゲイルから伸ばされた手を握って、ゲイルがそこにいるのだということを確かめて。
「じゃ、飛ぶか」
「了解」
 そして、翅翼艇『エアリエル』は離陸する。
 背から伸びた青い翅翼を一打ち、高みに到達する。その間にもオズの意識は潜り続けている。そして、水の中から周囲を知覚するのだ。霧を見通し、遥か遠くまで。水の中から与えられる莫大な情報に魂魄が微かな痛みを訴えるけれど、構わず知覚の網を広げる。
 それは、まるで自分が記術の信号に取って代わられたかのような感覚。どこか心もとなく、けれどその一方でこれが正しい形なのだと思えてしまうような、不可解な快感。水の中に潜りながら、自らの意識を広漠な空間に走らせながら、声をあげるのだ。
「敵機接近中。……十二秒で射程に入る」
「りょーかい! 行くぜ、オズ!」
「ああ。好きに飛べ、ゲイル」
 かくして『エアリエル』は翅を唸らせて霧を裂く。
 ――霧中の戦闘が、始まる。
 
(翅翼艇『エアリエル』の内側で)

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青波零也
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。