Novelber2020/07:秋は夕暮れ
オズが珍しく青ではなく、赤い絵を描いている。
ちょっとした用事でオズの部屋を訪れたトレヴァーは、カンヴァスいっぱいに広がる赤い色に目を奪われていた。赤、といっても同じ色でべったりと塗りつぶされているわけではない。中心にひときわ赤い円が存在していて、そこを基点として絶妙なグラデーションを描いている。
「これも、『空』の絵なのかい?」
トレヴァーの問いかけに、絵筆を握りカンヴァスに向かい合ったオズは振り向きもせずに「ああ」と答えた。
オズの奇妙な性質については、トレヴァーも知らないわけではない。毎夜のように見たことのない風景を夢に見て、それがどうも霧の天蓋の「向こう側」だと信じて疑っていない。天蓋は天蓋であり、高度限界であり、「向こう側」などあろうはずもないのに。
もちろん、確かめた人間がいない以上、否定をすることはできないのだが。それでもトレヴァーは、オズと、オズの夢を信じて疑わず「向こう側」を目指そうとしているゲイルのことをどこか奇妙な生き物のように見つめている。
事実、別の生き物なのだ。オズも、ゲイルも、他の霧航士だって。
トレヴァーと同じものではあり得ない。そして、それでよいのだと思っている。
ただ――。
「少し、寂しげな色をしているね。名残惜しい、というか」
ぽつり、と。トレヴァーがほとんど無意識に落とした言葉に、オズが振り向く。紫色の目は、ほんの少しの驚きを混ぜた、微笑みを象っていた。
「トレヴァーが俺の絵に感想を言うなんて珍しいな」
「ボクだって何も感じないわけじゃないさ」
……本当は、感じない方がずっと、ずっと、楽なのだろうけれど。
そんな益体もない言葉を飲み込んだトレヴァーに対し、オズは、薄い表情ながら喜色を隠しもせずに言う。
「これはさ。空が暗くなる前の一瞬を切り取った絵なんだ。空は青いだけじゃない。昼から夜へと霧が色を変えるように、青から刹那の赤へ、それから闇へと移り変わっていく。……だから、俺も同じことを考えてた。夜が来る前は、いつだって名残惜しい」
「なるほど。……案外、伝わるものだね。描いた君の腕がいいんだろうね」
トレヴァーは率直な感想を述べたつもりだったが、率直に過ぎたのだろうか。オズは顔を赤くして再びキャンバスに向かい合う作業に戻ってしまった。
トレヴァーもとっくに用事は済んでいて、だからすぐにでもこの場を離れてよかったのだけれども。
そう、何となく、名残惜しくて。
足を止めたまま、しばらく、オズの背中と赤い絵に向き合っていた。
(オズワルド・フォーサイスの部屋)
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。