Nobelver2020/09:一つ星
朝には朝の灯を、夕には夕の灯をともすのが点灯夫の仕事だ。朝は明るくなりゆく霧を払い、夕には暗く立ち込める霧を照らす。そうすることで、霧深い街であっても一日中通りを見通せるようになる。
点灯夫の少年ゲイルにとっては当たり前のことだったけれど、友人であるオズにとってはそうではなかったらしい。ゲイルが霧払いの灯をともすための長い棒と梯子を担いで歩く後ろを、目を丸くして小走りになりながらついてくる。
言葉が人より遅れているらしいオズは、しかし、雄弁だとゲイルは思っている。オズにとっての「言語」は手にしたスケッチブックだ。オズがスケッチブックに描くものは、オズの見ているものであり、オズが感じているものであり、オズが伝えたいと渇望しているものであった。
そして、今日のオズは、夕方の暗くなりゆく霧の中でスケッチブックにクレヨンを走らせる。ゲイルが灯をともしている間に、スケッチブックの上には一枚の絵が描かれる。
それは、灯の絵だった。
暗い世界にひとつだけきらめく、灯。
それは、間違いなくゲイルが、街灯にともしたばかりの灯。
ゲイルにとってはいつもと何も変わらない仕事の一部、だけれども。こうして描かれると、そのひとつの灯が特別なもののように思えてくるから不思議だ。
「……いい絵だな」
スケッチブックを覗き込んでぽつりと呟けば、オズははにかむようにほんの少しだけ笑ってみせる。オズがゲイルの言葉を理解しているかどうかはゲイルにはさっぱりわからなかったけれど、それでも、何かが伝わったのだとは思う。
「よし、それじゃあ次に行くぞ! 遅れるなよ!」
ゲイルは仕事道具を担ぎなおして駆け出す。後ろからでべでべとついてくる足音を聞きながら、ゲイルは闇の中にともる灯を幻視して――笑う。
(遠い日の街角)
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。