Novelber/09:ポツンと
ポツン、とどこかから水滴が跳ねる音が聞こえる。
『雨の塔』の周辺は不思議と雨ばかりで、もしかするとどこかで雨漏りをしているのかもしれない。この部屋は塔のうちでも随分高いところにあるようだったから。
ポツン、ポツン。
どこかリズムを取るように響く雫の音に、遠い日の記憶が重なる。
その頃の私はまだ学生で、当然の作法のひとつとして楽器を嗜んでいた。おそらく友もそうだったのだとは思うが、私と決定的に違ったのは、友はただの「作法」であるはずのそれを間違いなく楽しんでいたということだ。
そう、友と私ともう一人で、よく室内楽を嗜んだものだ。私はヴァイオリンで、友がピアノで、もう一人はチェロ。今でも指は奏でた曲を覚えている。
そして、音楽室に置かれたグランドピアノが誰のためにあったのかといえば、きっと友のためにあったのだろう、と私は今でも思っている。そのくらい、友のピアノを弾く姿は堂に入るものであった。椅子に姿勢よく腰掛けて、力強く、時に繊細に鍵盤を叩く友の姿を思い描こうとして、……ぽつん、と置き去りにされたピアノのことを、思い出す。
「もうピアノは弾けないからな」
面会室で、そう言って真っ直ぐに私を見据えた友を思い出す。
ポツン。
音色が呼び起こす、もう戻らない日々。
ピアノを弾く指もなければ奏でるヴァイオリンもなく、チェロもまた二度と奏でられることはない。そうして私はまたひとつ、大事なものを手放していたのだと知る。
――雫の音は、やまない。
(『雨の塔』の囚人の独白)
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。