Novelber/12:並行

 先生には妙な癖がありました。
 ネイト・ソレイルは、いつも不思議に思いながら先生の仕事を見つめるのです。
 先生の右手には、使い古された万年筆がひとつ。黒い軸に金色の装飾が施されたそれは、先生のお気に入りで、たくさんある先生の万年筆コレクションの中でも使われる率が随分高いものであることをネイトは知っています。インクの色はブルーブラック。青みを帯びた文字が、紙の上に躍っていきます。
 そして、先生の左手には、最近先生のコレクションに加わった赤い軸の万年筆。こちらはこの前買い物に出かけたときに先生がたいそう気に入って、ネイトの制止も振り切って持ち物に加えてしまったものです。その後「あれ、こんなに万年筆持っていましたっけ」と無責任に言い放った先生のことは、二度と忘れられないと思います。こちらのインクの色はセピア。少し褪せたような色合いのインクが、「右手とは異なる文字」を綴っています。
 そう、先生は何故か両手で全く別々のことを書き記すことができるのです。
「だって、片方の手を使ってるときに、もう片方の手は暇してるじゃないですか」
 それが先生の談なのですが、ネイトにはどうしてもその論理がわかりませんし、多分ネイト以外のほとんどの人にもわからないでしょう。
 しかし、それ以上にネイトがわからないのは、そんなに暇させているのが嫌ならば、早くその手で原稿を仕上げて次の原稿に取り掛かればいいのに、ということで。〆切破りの常習犯である先生を、ネイトはじっとりとした目で見据えるのでした。
 
(鈍鱗通りの作家と編集者)

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青波零也
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。