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Novelber2020/15:オルゴール

「これは自鳴琴ですか?」
 リリィが、机の上に置かれた小箱を指して言う。ロージーは「そう」と頷いて、小箱を取り上げる。螺子を巻いて小箱の蓋を開けば、内側に仕込まれたからくりが動いて、ロージーにとっては懐かしい音色を奏でる。
「父さんが、旅のお土産にくれたんだ」
 ロージーの父はつい最近亡くなった。だから、これも形見の一つになってしまった。旅がちの父との記憶はそう多いものではなかったけれど、この自鳴琴の音色を聞くと、自然と父の後姿が思い浮かぶ。
 懐かしいな、と。つい言葉が唇から零れ落ちる。
 もう二度と会えない人のことを思っても仕方が無いというのに。
 そんなことを思いながらリリィを見やれば、リリィは机の上に置かれた小箱をじっと見つめながら、何かを思案しているようだった。
「リリィは。……何かを懐かしいと思うことは、ある?」
「ボクにはありませんね」
 即答だった。
 それは、何もリリィという少年――そう、リリィがこの女学院にとある事情で潜入している唯一の「男子」であることを、ロージーだけが知っている――がロージーよりずっと幼い、ということばかりが理由ではないのだろう。
 リリィはどこか浮世離れしている少年だ。少女の装いをしているときも、そうでないとき――例えば今、こうしてロージーと二人きりで向き合っているときだ――も、黒い目ははるか遠くを見ているよう。実際に、ロージーが見ているのと同じものを見ているはずなのに、鋭い観察眼でロージーが気づかなかったもろもろを暴き立てるのだから、ロージーのリリィに対する感想はそう間違ったものでもないと思っている。
 そのリリィは、ちいさな唇にほっそりとした指を添えて、それからぽつりと言った。
「でも。ロージーが懐かしいと思うのは、自由です。自由だし、そういう『気持ち』がきっと、大切なものであることは、ボクにだってわかります」
 静かに紡がれた声は、しかし、ロージーが想像していたよりもずっと強い響きをこめていた。呆然とリリィを見下ろしていると、リリィはついと視線を上げてロージーを真っ向から見つめてくる。
「ボクは人並みの心を持たないけれど。そういうものを守るために、ここにいます」
 そう、そうだ。
 リリィはロージーと向き合うと、いつもそう言う。自分は人並みの心を持たないのだと。
 けれど――本当に、そうなのだろうか。
 凛と背筋を伸ばして立つその姿に、ロージーを見つめるその瞳に、確かにロージーと同じような感情の色は見えないかもしれない。しかし、ロージーに投げかけるその言葉の強さと、優しさは……、果たして、リリィが意識して「つくった」ものであったのだろうか。
 とはいえ、その思いはまだロージーの中で言葉にはならないまま。
「そっか。……すごいな、リリィは」
 それだけを、言葉にする。
「仕事ですから」
 普段どおりの返事を返すリリィは、つい、と視線を自鳴琴に戻す。
 かくしてロージーとリリィは小箱を見つめる。懐かしい音色がゆるやかに速度を落とし止まるまで。
 
(クイーンズレイク女学院の寄宿舎の一室にて)

あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。