Novelber/02:手紙

 ある時期から、手紙のやり取りを許された。
 とはいえ、手紙を出す相手など、たった一人の友くらいしかいなかった。彼は昔からそうであったように今も筆まめで、不自由な手で綴った長い近況報告の手紙を私に寄越してくる。それに対して私は、もはや日が過ぎるのを数えるのもやめてしまった、単調な独房の日々を端的に綴って返すだけだった。
 果たして、私が『雨の塔』に来てからどれだけ経ったのだろうか。彼からの手紙で外の変化を知ることはできても、それはまるで物語の中の出来事のようで、何一つとして実感が湧かなかった。それは、彼から受け取った新聞に目を通したときも、彼が私に会いに来てくれた時も、同じだった。全てが誰かの手による作り事で、私はそれを少し離れた場所から眺めているような、そんな感覚。
「それでも」
 ある日、彼は面会室の鉄格子越しに私を見据えて言った。
「君には、これからを知る義務がある」
 なるほど、彼はいつだって正しい。
 正しいからといって、素直に飲み下せるわけではないのだけれど。
 私は今日も、雨の音を聞きながらペンを走らせる。彼の手による長い手紙にはつり合わない、たった一枚だけの近況報告。今日も窓の外には雨が降っていて、独房の中は代わり映えしない。近頃は少しずつ寒くなってきただろうか。その程度。
 ただ、ひとつだけ、いつもと違うことがあったのだと思い出して、手紙に付け加える。
「姪が面会にやってきた。なかなか愉快な娘だった」
 
(『雨の塔』の囚人の独白)

あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。