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Novelber2020/28:霜降り

 オズはほう、と白い息を吐いて、街灯を見上げる。ゲイルが霧払いの灯を点せば、辺り一帯の霧が透け、深い霧に隠されていた町並みが見通せるようになる。
 オズがゲイルの点灯夫の仕事について回るようになってからそれなりの時間が経過して、その間にオズが描いた絵もスケッチブック数冊分に及ぶようになった。そして、今日もオズは真新しいスケッチブックに絵を描いていく。
 霜が降りた朝は、ただでさえ霧に包まれた世界がさらに白く煙る。そんな世界を、オズは素早くスケッチブックの中に描き止めていく。
 ここから見た景色を描くのは初めてではないけれど、季節の変わり目である「今」の景色は今だけのものだから。
「お、描いてるな」
 一帯の灯を点し終えたゲイルが、ひょいとオズのスケッチブックを覗く。
「相変わらず上手えなあ。画家になればいいんじゃねえのか?」
「ん……、でも、俺は医者になりたいな」
「だけど、絵は続けろよ。俺様、お前の絵が好きだからさ」
 その言葉には、はいともいいえとも言えなくて、曖昧に首を傾げる。
 好き、と言われることは素直に嬉しいと思うけれど、自分が果たしてずっとこうしていられるのだろうか、という疑問がオズの中に生まれつつある。医者の父はいつだって忙しそうで、こんな風に絵を描く暇なんてなさそうに見えたから。それに、絵を描く以外にはとんと不器用な自分がきちんとした医者になれるかどうかもわからないのだ。
 いっそ、ゲイルの言うとおり画家を志してもよいのではないか? そんな風に思わなくもなかったけれど、画家、というものをオズはきちんとイメージできない。絵を描く、ということは、オズにとって当然の手続きではあったけれどそれが「仕事」と結びつかないのだ。
 ――自分は、果たして何になろうとしているのだろう?
 オズはさらに首を傾げてしまう。既に点灯夫という仕事を持っているゲイルと違って、オズはまだ何者でもない。何者でもないまま、ここにいる。
 一方で、ゲイルは別にオズの返事を待ってはいなかったのだろう。オズがざっくりと風景の輪郭を描き終わったのを見計らって、オズの手をとる。
「さ、次行くぞ! 今日はちょっと遅れちまったからな、さっさと終わらせねえと」
「うん」
 オズは頷いて、立ち上がる。
 今はまだ、何者でもないままの自分だけれども、いつかこうしてゲイルの後を追うだけでなく、自分なりの道を見つけることはあるのだろうか。
 ……その時は、もう、こうしてゲイルの後をついていくことはなくなるのだろうか。
 そんなことを思いながら、オズはスケッチブックを抱えて、霜に煙る街をゆく。
 
(遠い日の街角)

あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。