Novelber2020/02:吐息
吐く息が白い。
この季節になると、オズ――オズワルド・フォーサイスはいつも過去の記憶を思い出す。忘れるという能力を持たない以上、それはまざまざと、鮮やかに蘇る思い出である。
その頃のオズはまだあまり自由に言葉を喋ることができず、いつも友であるゲイルのあとをついて回っていた。ゲイルはああ見えて世話焼きで、よく根気強くオズに付き合ってくれていたと思う。
そのゲイルに、ある時、拙い言葉で聞いてみたことがあるのだ。
――どうして、息が、白くなるのかと。
その頃のオズは、親が何でも知っているのと同じくらい、ゲイルも何だって知っているのだと信じ込んでいた。本当はまるでそんなことはない、ということに気づいたのはもう少し後の話だ。だから、この時も本当に無邪気にゲイルに問いかけたのだった。
すると、ゲイルはしばらく首を捻ってから、そっと、秘密を打ち明けるように言ったのだ。
「寒くなるとな、人の身体から魄霧が噴き出すようになってんだ……」
大嘘である。
実際には呼気に含まれる水蒸気が冷たい外気に晒されて細かな水の粒に変わり目に見えるようになるという話であり、辺りに漂う魄霧とは無関係だ。
ただ、その頃のオズはゲイルの話をかなり長い間信じていたし、事実を知った後も、ゲイルなりに質問への回答を一生懸命考えた結果なのだろうと思い、悪い気はしていない。ちなみにゲイルはそんなことを言ったこと自体、まるっと忘れているようだが。
吐く息が白い。
これは、あくまで水蒸気が水の粒に変わるという現象だ。
その一方で、いつか、ゲイルの言うとおり、魄霧を吐き出される日が来るかもしれない、とも思っている。
アーサー曰くの「翅翼艇の最も高い部品」である霧航士には、耐用限界がある。人間の肉体は翅翼艇を動かすために必要な、圧縮された魄霧には耐え切れない。魄霧を溜め込んだ肉体は、いつかは魄霧に還ることになる。
その時には、もしかすると、魄霧を吐き出すことだってあるのかもしれない。限界を超えて溶けて崩れた内臓が、唇から魄霧となって現れる可能性もないとはいえない。
子供の頃の他愛ないやり取りをもう一度脳裏で反復しながら、オズは呼吸を整えて、翅翼艇『エアリエル』の操縦席に沈んでいく。
(翅翼艇『エアリエル』発着場にて)
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。