無名夜行 - 三十夜話/11:からりと
昨日まで続いていた大雨が嘘のように、からりと晴れた朝。
けれど、私の気分は最悪だった。
――調子に乗って、飲みすぎた。
何となく昨日は酒を飲みたい気分で、家に帰るときにワインを数本買って帰ったのだった。せっかく飲むなら色々な味を試してみたい……、そんなことを考えてしまったのがよくなかった。
ワインは封を開けた後はどんどん風味が落ちていくのだ、と主張したのは同居している妹で。ならば、開けたものは飲みきってしまおう、と二人で次々に瓶を開けていき……、そんなことをしているうちに二人して完全につぶれてしまい、目が覚めたときにはそれはもう地獄のような二日酔いだった、というわけである。
今日も仕事だというのに、何という体たらくだと自分を叱咤したくなる。ちなみに、妹は今日は休みだというので床に転がしたままにして出てきた。今頃、一人でのた打ち回っているかもしれない。
自分もいつ引っくり返るかわからない内臓を抱えながら、何とかかんとか研究室の最寄り駅まではたどり着いた。ここからの道のりはそう遠いものではないはずなのだが、この重たい体ではあまりにも遠く、遠く感じられてしまう。
まだ酒の匂いが残る溜息一つ、駅の改札口から一歩を踏み出して。
すこんと抜けるような青空が、今日ばかりはなんとも憎たらしい。もちろん、雨であっても雪であっても憎たらしいと感じていたはずで、つまり、目に映る何もかもが憎たらしい。
できることならば何もかもを放り出して妹と一緒に床に転がっていたかったのだが、昨日までのデータの解析は終わっていないし、私が指示を出さなければ『潜航』だって進まなくなる。私がいない状態でXが何をするのかは気になるところだが、それを私が観測できないのは本末転倒だとも思う。
そう、近頃は、あまたの『異界』を観測するのと同じくらい、Xという人物を観測することに興味を見出している自分に気づかされる。私たちには極めて従順だが、誰もが予測できないような行動に踏み切る一面もある。つまるところ、「見ていて飽きない」というやつだ。
ただし、私がXを見ているということは、Xもまた私を見ているということであって。
ところどころに残る水溜まりをおぼつかない足取りで避けながら、研究室への道を行く。
果たして、今日の私を見て、Xはどんな顔をするだろうか。意識していない風でありながら、意外と細かなところまで観察しているXのことだ、私の醜態に対して何らかの感想を述べるに違いない。
そんなことを考えている間に響く頭痛は、二日酔いだけが理由ではない気がした。