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Novelber2020/08:幸運

「ぎゃあああああああ」
「ひょおおおおおおお」
 情けない悲鳴と共に、酒場を飛び出した二つの影があった。そして、それを追って飛び出す影がいくつか。
「イカサマ野郎ども、逃げんじゃねえ!」
 追いかけてくる影に対して、逃げる影の一つ――アーサー・パーシングは、横を並走するゲイル・ウインドワードをちらりと見て、苦々しい表情を隠しもせずに叫ぶ。
「ゲイルが! イカサマなんて! できるわけないでしょう!」
「信じてもらってるのか馬鹿にされてんのか際どいとこだな!」
「後者に決まってんだろ!」
 だからゲイルと賭けをするのは嫌だったんですよ、と愚痴りながらもアーサーは走る速度を緩めることはない。二人とも、腐っても死に物狂いの訓練を超えてきた霧航士だ。民間人に足の速さで負ける要素はない……、はずなのだが、なかなか相手も気合が入っているようで、諦めもせずに追いかけてくる。
 ちらりと後方を確認したアーサーは、ぎり、と歯を鳴らして言う。
「そもそも、手加減できないんですか、その……、謎の運のよさは!」
「できたらとっくにしてるっつの! 三回連続で同じ役がきた辺りでさ!」
「もうオタク、賭博で食ってけばいいんじゃねーですかね! 軍人廃業してさ!」
「ええー、いやほら俺様別に金がほしくて軍人やってるわけじゃねーし」
「知ってて言ってんですよ!」
 ぎゃあぎゃあ喚きながら、走る、走る。
 しかし、足の速さで勝っていても、地の利は相手にあったらしい。いつの間にやら先回りしていたらしい赤ら顔の大男が、二人の前に立ちはだかる。
「げっ」
 アーサーがつぶされた蛙のような声を上げるのに対し、ゲイルは「そうだ」と何かを思いついたような顔をした。
「げっ」
 嫌な予感を覚えたアーサーがさらにつぶされた蛙のような声を上げるが、構わずゲイルは一歩踏み込んで、懐に手を入れる。
「ちょっとゲイル早まんないで」
「俺様はいらねーから、こいつは返すぜ!」
 ゲイルはにっと笑って、懐いっぱいに詰まった金を盛大に道にばら撒いた。
 目の前に立ちはだかった男も、追ってきている連中も、そして道行く関係のない通行人も、一瞬何が起こったのかわからないとばかりに動きを止めて……。それから、わっとゲイルに向けて殺到する。
「お、おう?」
 おそらくは、人の目が金に向いてる間に逃げようとしたのだろうゲイルは、こちらに向かってくる連中を見て呆然とする。
「そりゃ金ばら撒いたらそうなるでしょうがボケナス!」
 もちろん落ちている金を拾う者もいるが、それだけの財力を持つゲイル自身を狙う者が出てくるのは当然というもので。
 結局、ゲイルとアーサーはさらに増えた追っ手から逃れるまでに一夜を費やし、ついでに騒ぎを知ったジーンにしこたま怒られた。踏んだり蹴ったり。
 
(ある夜の繁華街での出来事)

あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。