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Novelber2021/06:どんぐり

 スピーカーから流れてくるのは、意外なほどに音程のはっきりとした口笛だった。
 曲目は童謡『どんぐりころころ』。子供の頃に聞いた懐かしいメロディラインだ。
 題名と口笛には乗らない歌詞が示すとおり、Xの視界を映し出すディスプレイにはXの足元が映っており、そこにはどんぐりがいくつも転がっていた。
 ……そう、それを「どんぐり」と呼んでいいものであれば。
 そのどんぐりは、ひとつひとつがXの頭くらいの大きさをしており、いっそ椰子の実か何かのような存在感を放っていた。だが、形や色つやは明らかにどんぐりのものであり、どうにも見ているこちらの感覚が狂っているかのような錯覚に陥る。
 ここではないどこか、『異界』のことである。『こちら側』と似た姿形をしていても性質が違うものはいくらでもあって、これもまたその一つなのだろう。姿形は似ているけれど、サイズだけが異なる、どんぐり。
 まあ、そもそも、サイズが異なるのはどんぐりだけではなく。落ちている木の葉も、辺りに立ち並ぶ木々も、明らかに我々の知るものよりもはるかに巨大であり、Xひとりが小人として世界に迷い込んできたような風情だった。
 Xは口笛を吹きながらやたら大きな枯れ葉を踏みしめ、足元のどんぐりをこつんとサンダルの爪先で蹴った後に、視界を頭上に向ける。大きな葉を透かした木漏れ日が差す明るい森の中、遥か高い位置、葉と葉の間にどんぐりがなっているのが見て取れた。
 ぴたり、と。口笛が止んで。
「これ、頭に落ちてきたら、死にそうですね」
 そんな、Xの率直な感想がスピーカーから零れ落ちた瞬間。
 どさっ、といやに重たげな音を立てて、Xの視界の隅にどんぐりが落ちた。

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青波零也
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。