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Novelber2020/24:額縁
クラリッサの目の前には一枚の絵があった。
椅子に立てかけられたカンヴァスには、いっぱいに青が広がっている。
カンヴァスの上半分は、淡い青。白い綿のようなものが浮かぶそこには、名前も知らない、形すら現実のものではない鳥が飛んでいる。
カンヴァスの下半分は、深い青。その表面には光を孕んださざなみが立ち、それがカンヴァスいっぱいに描かれた「水面」であることを示している。
ただ、クラリッサにはそれが具体的に「何」なのかはわからない。知っているのは、これが、クラリッサにとって一番大切な人――オズが描いたもので、オズの夢の中に出てくる光景なのだということだけ。
寝台に腰掛けたクラリッサは、傍らに立つオズを見上げて首を傾げる。
「額縁を用意した方がいいですか?」
「そんな、大げさな」
オズは紫色の目を細めて言う。クラリッサとしてはまるで大げさなことを言ったつもりではなかったのだけれど、オズにとってはそうではなかったらしい。
「けれど、せっかくの素敵な絵なんです。そのまま置いておくにはもったいないですよ」
「君が素敵だって言ってくれる、それだけで十分だよ」
そう、オズはいつだってそう。まるで多くを望まずに、ほんの少しだけ口の端を歪めてみせるのだ。それが彼なりの不器用な笑顔だということを知ったのは、出会ってからそれなりに経った後の話だったとクラリッサは思い返す。
そして、そんな風に笑うオズが好ましいと、クラリッサは思うのだ。それが、オズの心から出た表情だということも、伝わってくるから。嘘のない、素敵な笑顔であるとクラリッサは思っている。
「これが、オズの見ている夢なんですね」
「そう。……本当は、もっと、ずっと広くて、綺麗な色をしてるんだけどな」
これは――「空」の絵なのだと、オズは言う。
今は四角いカンヴァスに切り取られてしまっているけれど、本当は頭上にどこまでも広がる空なのだという。
その一方で、クラリッサはこのカンヴァスの上の空でちょうどいい、とも思うのだ。クラリッサにとっての「空」とは、いつだって病室の窓に切り取られた天蓋を指すものであったから。けれどそれは言葉にはしない。きっと、オズを困らせてしまうから。
代わりに、一つ、聞きたいことを聞いてみることにする。
「この絵に、題名はあるのですか?」
青すぎるほどに青い絵。オズしか実物を見たことのない、夢の青空。それに名づけるならばどんな名前であろうか。
オズは「そうだな」と少しだけ首を傾げる。長い睫毛を伏せて、どこか遠く――それこそ、夢の奥底を見るような目つきをして。
「普段は描いてる絵に名前なんてつけないんだ。きりがないから」
けれど、もし名前をつけるならば、と。言い置いたオズは、普段よりも少しだけ、不器用な笑みを深くして。
「『天上の青(セレスティアル・ブルー)』、かな」
(国立病院の一室にて)
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