送信履歴♯♭12 〓再集結〓

プルマンは走りながらやっと気がつくことのできた現実を口にしていた。
「われわれはもともと“従うだけの者”だったのじゃ」
誰がどのような理由で仕事を与えたのかに疑問を抱いたり、思考を深掘りすることもなく任務を黙々とこなし、毎日をフラットに生きておった。それでよかった。

意志をもつとは拓くと同時に疑うことでもあった。疑えば、疑われた者が不快を生む。欺瞞が広がり、ギクシャクする。歯車なら軋み、いずれ臨界点に達する。行き着くところまでまわった歯車は、さらなる負荷に耐えきれなくなって壊れる。
わしらの世界に疑いがなかったのは、壊れては困るからじゃったのじゃ。人が生まれ死んでいっても、樹木が1000年で枯れようとも、わしらは与えられた仕事を継続させなければならんのじゃ。

閉じられた世界。プルマンの頭脳に、そのひと言が浮かんで焼印のように記憶に刻まれた。
われわれの命は、残していくためにある。次につなげるための架け橋として、誰からも干渉されず、難攻不落でならねばならず、踏み入れさせてはらならぬ線を引いておかなければならんのじゃった。

間に合わないかもしれない。だが、やるだけのことをやらなければ、たいへんなことになる。やるだけのことをやってもたいへんなことは引き起こされるかもしれない。だが、やらないことには、取り返しのつかないことを食い止められる可能性を摘んでしまうことになる。

プルマンは元来た道を戻り切ってから、一人ひとりの足跡を追いかけた。一人ひとりに熱く語りかけ、理解してもらおうと誠心誠意言葉を尽くす覚悟でいた。

われわれがばらばらになったら、残しておられなくなるのじゃ。
残らないということは、すなわち自分たちの存続にも関わってくる。

もう一度、歩みを共にするのじゃ。

タイピストとファイルキーパーは、初めから独自に考え、選ぶことに興味はなかった。
ふたりは口をそろえたように「わかった」でプルマンと共に元の鞘に収まっていった。

問題はカットマンとリーダーだった。
「オレはオレの好きなように生きる。おまえに邪魔はさせない」とカットマンはプルマンに凄みをきかせて提案を跳ね除けようとした。
プルマンが「われわれはもともと“従うだけの者”じゃったのじゃ。それを自覚せんといかん」と言うと、カットマンの威嚇が激怒に豹変した。カットマンに芽生えた自我は、“従うだけの者”を操られる屈辱ととらえ、当てはめられることを極度に嫌ったからだった。
プルマンには、カットマンがそこまで頑なにこだわる理由がわからなかった。
カットマンはある意味、5人の中でもっとも考える人になっていたかもしれない。それは、悪意のないひと言に傷つき、自己反省に深淵から滑り落ち、這い上がろうとして挫折し、自己否定感にすっぽりと覆われた経験を経たせいだった。
いくら引きつけ、惹きつける力に長けたプルマンでも、経験値の違うカットマンを説得することはできなかった。
「わしはお主ら全員と一緒にやっていきたいのじゃ」
何をどう言っても説得が門前で払われる。プルマンが、肩を落としてぼそりと言った。もうだめじゃ。諦観にこぼれたひと言だった。
だが、カットマンには最後の文字列が、その1音ずつが、心にとんとんと入ってきた。
「オレと一緒にいたいのか?」とカットマンが疑心暗鬼でプルマンに訊いた。
「そうじゃ」、俯いた顔を上げたプルマンの目尻が赤く腫れていた。
赤く腫れている、とカットマンは思った。空気が濃淡の塊に分かれて渦を巻き、ふたりを包み込んだ。濃淡の間には摩擦熱が起き、小さな雲をつくる。ととたんに小さな稲妻がいく筋か四方に散った。
赤く腫れている、カットマンの思いを、プルマンが共有することができるようになった。

みんなといれば迂闊なことを口にできないリーダーは、ひとりを謳歌し誰に気兼ねなく歌を歌っては誰にともなく話しかけていた。言葉の先に何もなく、会話の先に展開があるわけでもなかったが、歌も言葉も枯れることを知らない井戸のようにこんこんとその泉をたたえていた。

「わかってくれんかのう?」とプルマンは懇願した。
「いやよ」とリーダーは素っ気なかった。
「どうしてもだめかのう?」とプルマンは喰い下がった。
「だめなものはだめ」とリーダーはきっぱりと拒絶した。
「仕方ないのう」、プルマンが諦め、突っ伏した顔をあげることなくリーダーに背を向けた時だった。リーダーはこれまで感じたことのない、とてつもない寂しさを胸に抱いた。
なにこれ? とリーダーは恐れ慄く。私は取り残されようとしているの? 金輪際、すっぱりと縁を、切られようとしているの?
プルマンは重い足を1歩1歩と進め、遠ざかっていく。
このままプルマンを見送ってしまったら、もう二度と取り戻すことはできないとリーダーは直感した。
「待って!」

ひとしきり泣いて疲れて眠ったリーダーを、プルマンはおぶって元来た道を引き返した。
「むにゅむにゅ」
どうやらリーダーは夢を見ているらしい。その顔は優しく満足げで、安心にすべてを預けていた。

(続く)

いいなと思ったら応援しよう!

青村 音音(アオムラ ネオン)
この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。