送信履歴♭5 噴出は激しく、窪みは取り込もうとしている
「あれ? このメール、以前読んだわ」
緑の小さな人であるリーダーが途中で読み上げるのを止め、タイピストに言った。
「僕もこのメールには打ち覚えがある。どうなっているんだ?」
紫の小さな人が、口をもごもごさせていた。微かで、濃淡の塊に満ちた空気の中で揉まれ消えてしまったけれど、ほかの4人には何を言ったのか感じ取ることができる。
[ファイリングされていない]、ファイルキーパーはそう言っている。
「どうして?」と、迂闊なことは口にできない緑の小さなリーダーが、素直に疑問を表した。
「これも、どうにかしなければならないことのひとつのようだな」と青の小さな人が難しそうな顔をした。顔は難しそうだったが、それ以上考えることが難しくなったカットマンは、難しい顔のままで止まっていた。
カットマンが難しくなってそこで止まったことをほかの4人が共有した。
カットマンは、難しくなってそこで止まっている。
カットマンは、ほかの4人が共有した「カットマンは、難しくなってそこで止まっている」を共有した。
ほかの人が何を思い感じても、みんなはそれぞれの思いを共有する。彼らにとってそれらの感情は共有するべきものであったし、これから変わるものでもない。カットマンは「難しくなってそこで止まっている」とみんなが共有しても、カットマン自身、責められたとか揶揄されたとかを感じることはない。意思は共有することが自然の行為であるからだ。
それはカットバンばかりに当てはまるのではなく、5人それぞれが同じように考えている。感情を逆なでするようなトリガーはもともと内在されていない。月に手も足も目も口も内在されていないのと同じように。
ずっと前からこうしてきたのだ。
ところで、ずっと前っていつからのことだろう?
そういえばわからないな、を5人が共有した。
「どうすればいい?」
5人はその解決法にすら行きついていないのに、新たに起こった問題に頭を悩ませた。
[もしかしたら]と、紫の小さな人、ファイルキーパーが閃く。
[もしかしたら][何?]と5人が共有する。
[解決策というのもは存在することはなく、受け容れていかなければならないのかもしれん]とファイルキーパーが口をもごもごさせる。意志は濃淡いびつに浮かぶ空気の塊に行く手を阻まれてしまったけれど、言いたいことは5人で共有できた。
「受け入れる?」、5人が疑問を共有する。
[そうだ]、紫の小さな人の発する声にならない意志が4人に届く。そして全員で同じ感情を共有する。
「それって何だか気味が悪いわ」とリーダーが言った。「それって何だか気味が悪いわ」とリーダーの言い方そのままをほかの4人が共有する。
[少し様子を見てみよう]と紫の小さな人が言った。
そうだ、少し様子を見てみよう、と5人が共有した。
誰が誘うともなく、5人はそろって箱の穴に向かい、入り口から無限宙を見上げた。奇妙な違和感の素はきっとそこにある。そんな気がする、を共有したからだ。そこに「気味が悪い」原因が見つかるかもしれない、それも5人が共有した。
無限宙に浮かぶ4つめの月が上げる青い焔は、前より強く大きく勢いづいていた。噴出ばかりではない。衝突した星屑のかけらはすでにカットマンが切り取っているのに、かけらが残したクレーターはその深みを増していた。
それはまるで「吸収しようとしているみたい」だった。
「取り込もうとしているんだ」とタイピストが言った。ほかの4人が同じ思いを共有した。
「取り込まれる」、言葉にするのは簡単だけど、それが具体的にいかようなものかに思いを巡らせた5人は、取り込まれることがいかに理解し難いことかを味わい、それだけに不気味さがすそ野を広げていく。そしてその不気味さは、足下から不安を呼び込んでいった。
「そこに原因があるかどうかなんてわからない。それほどぼくらの理解を超えたことが起こっている」
5人はそろって足元の地面がすっぽり抜け落ちるような感覚にとらわれた。
(続く)