6信じているから

アドボカタス 『救われるに値する原石』

『送信履歴』毎回読み切りのスピンアウト ~readerのボランティア 6~

ワタシはreader。
読み上げる人。
訳あって、ボランティアでアドボカタスをしているの。
アドボカタスとは代弁する人。
ワタシなりの解釈では代筆ならぬ代述する人なのだけれども。
言いたいのに言えない人、伝えたいのに伝えられない人、届けたいのに届けられない人、そんな人って思いのほか、たくさんいるのよね。
私はそんな言葉にならない言葉を読み上げる。



「広告代理店にいる時はさあ」
そう切り出すと、にわかに嫌な顔をされた。
ここのところ、毎回だ。
少し前までは「夏木さん、すごいですね」って、女子社員がすり寄ってきたってのによお。
だって俺は、天下の電博、と張り合う大手代理店にいたんだぜ。
お前らとは出来も違うし、してきた経験も格段に上なんだ。

readerは、やれやれと呆れてため息を漏らす。
もちろん、声には出さない。

今日だって、なんだい、岡部のやつ。
立場が上だからって、偉かないんだ。いいように俺のことをけなしやがって。
「前職がなんだっていうんだ」だとお!
糞食らえだっ。てめえはひいこら新入社員からやっとこさ這い上がってきたくせに。こんなチンケな会社の係長ごときが偉そうに言うなっての。

代理店の支社をたたむと同時に人員整理の対象となった夏木は、かつての上司のコネで小さな派遣会社に非正規として入社した。
正規雇用されなかったのは会社の見る目のなさ、非正規とはいえ入社は「実力」と信じて疑わない。

readerがかつての上司の夏木観を読み解いてみた。

「あいつは突っ走らせれば予想外の結果を出すが、手綱を離せばどこに飛んでいくかわからん。癖の強いヤツだから、おいそれととってくれる会社はないだろう。めんどうを見てやらなきゃ、あの若さでも再就職は容易ではないだろう」

readerの「read」が夏木に移る。

「こんな会社にいたって、おもしろくもなんともない。テキトーに仕事をしたら、次の会社に移ってやる。転職は楽勝さ。俺って実力あっから。今に見てろよ。あとになって後悔しろってんだ」

岡部はさぞ夏木に手を焼いていることだろう。
岡部の心に書かれていたのは、、、。

若ういちは視野が狭くても許されなければならないものだ。
仕事のコツを理解している部下ももちろんいる。わかっている連中と仕事をしたほうが効率もよければ気持ちもいい。だが、リスクもある。器用なやつほど、折れやすい。夏木は短絡的な熱血漢で気も短い不器用なやつだが、鍛えればモノになる可能性はある。
焦らず育ててやろうじゃないか。
挫折は宝だ。できない自分に落胆し、愕然としたドツボから這い上がろうとする熱意があれば、その時に夏木は伸びる。今まで足踏みしていた分を凌ぐほどの成長をする。その時のやつは、挫折を味わい復活した者でなければ得られない力を手に入れているはずだ。
人の「私にはできない」「劣っている」「自分には向かない」そういった自己否定感に、経てきた夏木の経験が寄り添う。
弱者や落ち込んでいる者を足蹴にするようだったら、その時は覚悟を決める。
だが、やつならやれる。そう信じているから、今は真っ向からぶつかっているんだ。

readerは、岡部が夏木になるべく多くの経験をさせるつもりでいることを読んだ。
夏木は性格上、好きな仕事には熱中するが、それ以外には情熱が入らない。
夏木のいいところは……、なるほど、流れを見分ける目と、上流に向かう強靭な意志、かあ。意志が強いだけにいちど「こう」と思い込むと、なかなか考えを曲げないわけだ。

導くためには、悔しい思いをさせること。そして岡部は夏木が挫折したと実感できる、そうした機が訪れるのを待っている。
「だいじょうぶ」と岡部は夏木の仕事ぶりを見て小さな笑みを浮かべる。「おまえは救われるに値する原石だ。ここで酸いも甘いも経験して大きく育て」

ふうん、とreaderは鼻を鳴らした。
ぜんぶ教えちゃうと、図に乗っちゃうな。
だから、岡部係長の心は夏木には読み聞かせない。
ただ、夏木の仕事に岡部が満足した時には、岡部がどれだけ真剣に夏木を褒め称えるか、その部分が強調して届けられるよう仕掛けておいた。

この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。