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送信履歴♭2 何かがおかしい。不安定な領域へ

「推測するに、4つ目の月にぶつかったせいだ」
小さな人の黄色い人がタイプの手を止め、ひとりごちた。黄色い人が嘆くまでもなく、記録マシンは時折り唸りをあげるようになっていたのをそこにいる全員が知っている。耳障りな不快和音は、癇癪持ちのコーラスがヒステリックな声でハモったみたいで、みんなはそんな“不要な煩わしさ”にウンザリを共有していた。

「そもそもあの4つ目の月はどういうつもりでいるんだ?」
ある日、無限宙に微細な暗雲がぽっと湧いた。最初のうちは瞬きくらいで消えてしまいそうなほど微かだったから、箱を担う赤い小さな人でさえ、空の小さな異変を気に留めなくなっていた。
ところがある時、赤い小さな人が「いつもと違う」と直感し、その違和感に宙を見上げたら、2つ目の月と3つ目の月との間に4つ目が割り込むように現れていた。暗雲が月に姿を変えていたのだ。

4つ目の月は、ほかの先住月とは明らかに違っていた。穏やかじゃなかった。どのように穏やかじゃないかと言えば、みんなが穏やかじゃないを心中で共有するほど穏やかではなかった。

以来4つ目の月は、小さな人みんなの中に、喉につかえた魚の小骨みたいに厄介な小邪魔者として居座るようになった。
新しい月が現れたのは、1か月ほど前のことである。

「何かがおかしい」
みんなが共有したけれども、同じように「何がおかしいのかはわからない」も共有していた。

心をざわめかす気がかりは気持ちに雲をかける。
それでも、仕事をこなさなければならない。与えられた職場で働き続けること、そいつが小さな人たちの使命だからだ。

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「何かがおかしい」
緑の小さな人が、黄色の小さな人が思い浮かべた「何かがおかしい」を口にした。
それから今度は自分の言葉で「何かがおかしい」という意思を、濃淡まばらな空気に押し出した。意味を含んだ言葉が、伸縮しながら伝わっていく。それから「タイピスト、あなたのタイプするリズムが狂い始めている」と続けた。
黄色い小さな人が緑の小さな人に目を向けた。眼差しは鋭かったけれども、真ん中に不安を宿していることがわかる。
「キミにはわかるんだね」
黄色の不安を受け止めるように大きく息を吸った緑の人は、胸に溜めた息を吐き出しながらゆっくりと深く「うん」とうなずいた。

(続く)

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青村 音音(アオムラ ネオン)
この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。