6番目の気配

送信履歴♭6 6番目の共有者

[今、もうひとり共有しなかったか?]
紫の小さな人が異様な気配に身を固くして言った。
ここにいる5人以外に?
そう。ここにいる5人以外に。
「もうひとり共有した者がいる」、紫の小さな人、ファイルキーパーの指摘を受けて、5人が同じ異様な気配を感じ取り共有する。

勘違いかもしれない。

ところが不思議なことが起こった。「少し様子を見てみよう」を遅れて共有した者の気配が5人を同時に襲った。
誰だ、こいつは?
われわれの気配ではない。
だけどそいつが誰なのかはわからない。5人が、誰もがわからないを共有した。

誰? ぼくたち以外に共有する者は?

「6人目の共有者? まさか」と黄色い小さな人、タイピストが言った。
6人目の共有者? まさか、とほかの4人が心の中で暗唱する。
「4つめの月に続いて6人目の人?」、ふだんは迂闊なことは口にできない緑の小さな人、リーダー驚きを歌うように表した。
4つめの月に続いて6人目の人? とほかの4人が共有した。

青の小さな人、カットマンが息を巻いて「そんなの、オレがちょきんと切ってやる。そうすれば即刻おさらばさ」と叫んだ。さすがにほかの4人は共有しなかった。そもそもほかの4人には「できないこと」なのだ。
そのとき、赤い小さな人、プルマンが顔を歪めて「まさか」とつぶやく。
「まさか、何?」と4人が共有する。プルマンも「まさか、何?」を共有した。
そして4人の目がプルマンに集まった。
「こんなことは今まで一度だってなかった。わしらの共有が揺らぎ始めておる」

こんなことは、いまま、で……。

ほかの4人が共有しようとしたけれど、文脈は途中でつまずき最後までなぞられることはなかった。
カットマンの意識が共有できない!
「どういうことだ?」とカットマンは、遣る方ない憤懣を吐き出すみたいに大声を上げた。
カットマンの遣る方ない憤懣、それもほかの4人には共有できなかった。

何が起こっている?

共有に糸はないが、もしそのようなものが可視化できるとすれば、おそらくそれは途中で途切れているに違いなかった。カットマンが5人の共有にハセミを入れたわけではあるまいに、5人のつながりが微妙に揺らぎ始めている。
ファイルキーパーが口をもごもごさせながら[漏れだしてしまったんだ]と声にならないほど小さなボリュームで自分の意思を口にした。小さくても、周囲に音はない。微かだが静寂のおかげて消え入ることなく空気を伝い、確かに声としてみんなの耳に届いた。
漏れだしてしまった? ほかの4人がファイルキーパーの言葉を受けて考え込んだ。
こんなことはこれまでたったの一度もなかった、と5人が同時に思い描いたが、それはもはや共有ではなく、自律した意思が偶然にも一致しただけの話だった。
その時、記憶マシンが億劫そうにジジとショートの声をあげ、ぶーんと首をひねりながら唸った。

黄色い小さな人であるタイピストが駆け寄り画面をのぞき込む。
「おかしい。入力していないのに文字が打ち出されていく。それにこれは僕たちの言語じゃない」
あり得ないことだった。オフラインでネットワークに接続されていない記録マシンが、打ち込んだ文字以外を表示するわけがない。ましてや送信メールを受け取れるはずはないのだ。
画面に流れる不可解な文字をじっと見つめながら、タイピストが緑の小さな人に声をかける。
「リーダー、読んでくれないか?」、黄色の小さな人であるタイピストは、自分たちの言葉以外で書かれた文字を理解できない。翻訳するのは緑の小さな人であり、読み上げるのがリーダーの仕事だ。
「わかった。任せて」
文は思いのほか長く、5人が聞いても何のことだかちっともわからなかった。理解できないということは、興味は喚起されない、につながる。
退屈だ。
だけど朗読が終盤にさしかかり、文末を耳にして、みんながいっせいに背筋に氷点下より冷たい鋭利な稲妻を走らせた。
そんなことってある?
共有した訳ではない。自律した意思がたまたま重なっただけだ。
そこにはこうあった。

(少し様子を見てみよう、とぼくは思う。
 いや、ぼくも思う。
 あれ?)

いた。こいつだ。こいつが6番目の共有者だ。
「どういうこと?」、叫んだ直後、リーダーの背中に走った戦慄がリーダーの息を詰まらせた。
「誰、これを書いたやつ?」、黄色の小さなタイピストが投げ放つように言う。
「なんてこった。きっとオレたちにとんでもない災難が降りかかるぞ」とカットマンが顔を蒼くしてわなないた。
紫のファイルキーパーは、もともと苛立ちを発散できない気性なのか、苦渋と不理解を募らせ、いつもは見せない渋い顔を深くする。
みんなが瞬時に共有できなくなって、それぞれが勝手に考え始めていた。
苦慮のシワを深くして、赤い小さな人、プルマンが言った。
「思うんじゃがの、そのメールに返信してみてはどうかの。
この時点でできる方法といえば、それしか思いつかん。
やったからといって、何も変わらんかもしれん。
やったことで、厄介事に巻き込まれるやもしれん。
何かが拓けるかもしれん。
いずれにしてもこのままじゃ八方塞がりじゃ。やってみる価値はあるように思うんじゃが」
青、黄、緑は納得を表情に乗せている。
だが紫の小さな人、ファイルキーパーは渋い顔のまま苦虫を潰している。
いつもなら、ファイルキーパーの意思はみんなに伝わる。共有する仲間がいつもどおりなら。

だけどこの時にはすでに、意思は共有できなくなっていた。

ファイルキーパーが懸念したのは、これまでやったことがない例外に着手することで、事態か悪化することであった。念じればじき伝わる、そう思っていつもより強く念じたけれども、ファイルキーパーの思いは声に出さなければ伝わらなくなっていた。
「わしらは」と赤の小さな人が諭すようにみんなの注意を促した。みんなの目が集まったことを確かめて、プルマンが続けだ。「今まで、安定という船に乗っていたのじゃ、きっと。船は大きく、大海の事情など知れぬ。知らぬが幸せだったのじゃろう。
それが何かの拍子に船のバランスが崩れた。
4つめの月の出現がきっかけだったのかもしれん。あるいは4つめの月のせいにするのは、まったくの見当違いかもしれん。
因果関係はわからんのだが、アレはわしらにとって航路を変えた命運の時期と重なった月じゃ。
鼎立は3本の足で安定するが、もう1本支えが付け足されると少しばかり厄介なことになる。足場が平らなら4点で支える椅子も安定する。じゃが、足場が悪いと当然のことながらぐらつくものじゃ。

4つめの月が豹変1

わしらはおそらくもともとが足場の悪いところに暮らしておったのではないじゃろうか。その悪い足場を支えていたのが3つの月じゃ。3つなら安定する。じゃが4つめの月が現れたことでバランスを崩した。乗っていた船が不安定になったのはそのせいじゃ。
わしにはそのように思えてならんのじゃが」

4つめの月は「命運の月」。

いったんばらけた5人の意思が朧な影となって一瞬重なったように見えた。手動焦点のファインダーでフォーカスするみたいに、5人が「命運の月」という言葉に集まって、まばたきの間に四方に散っていった。共有して語るには短すぎる瞬時の出来事だった。

(続く)

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青村 音音(アオムラ ネオン)
この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。