掌編小説|共存
耳の奥に不快な高音がこびりついて離れない。昨日、no+eで流されたメッセージのせいだ。
タイムラインには、同じくメッセージを聞いたと思われる人々がこぞって作品を投稿し始めていた。
「ピリカの投稿ラッシュの次はうたすと2かよ」舌打ちする。
ハウツー系の記事を売るためにno+eにやってきた俺は、無料とは思えない良記事に出会ったことをきっかけに、すっかりno+eにハマっている。最近では創作系noterと交流を持つようになって、小説企画のマガジンを二つもフォローしてしまった。
「見えねえ」
今日は久々に顧客になりそうなnoterの記事にスキを連打しようと思っていた。それなのに、フォローしたマガジンから流れてくる記事がタイムラインを占拠している。前日に締め切られたピリカグランプリへの駆け込み投稿記事と、うたすと2の初日投稿物だ。それ故、それ以外の記事を見つけることは困難だった。
タイムラインを遡れば、そこには紙・紙・紙の物語。
「SDGsはどうしたんだよ」
大量の紙の束を前に、普段は気にかけない昨今の環境問題にまで思いを巡らせていた。次々と積み上げられていく紙の束に絶望している男を想像する。
「俺の想像力でもなにか書けるんじゃないか」
そんなことを思いno+eを開いた。どうせ書くなら企画に参加してみたい。今なら「うたすと2」が妥当だろう。
マガジンから募集要項記事を探し、熟読する。こういうところは真面目なんだ。
「ブーケ・デュ・ミュゲはないな」
好みじゃない。「Simply」「風雷」は初心者が手を出すには世界観がでかすぎる。
「そうなるとインプレゾンビか……」
悪くない。最近よく聞くワードが散りばめられていて俺好みだ。
Radarの消しゴムみたいなアイコンの主催者のページに飛んで歌詞を眺めた。
意味は分かる。面白い。それなのに、理解したところで俺の思考は停止してしまった。歌詞で描かれる世界はイメージできるのに、その先が見えない。どうやって物語を創作するのか、わからないのだ。やる気になっていた気持ちがしぼんでいく。それでも募集要項の「17文字から参加OK」に気を取り直し、何でもいいから書こうと思った。どうせハウツー系noterの俺が書いた創作物なんて誰も読むわけがない。気楽に書こう。
ただの替え歌になった。それでも一気に書き綴り、最後の一文を決めると、大きく深呼吸をした。夢中になると呼吸が浅くなり、酸欠状態になる。久々に胸いっぱいに空気を取り込み、全身がスッキリする感覚を味わった。自然と口元が緩む。
飲みかけのコーヒーに手を伸ばし啜ると、熱々だったそれはすっかり冷めきっていた。時計を見れば書き始めてから一時間半も経っていた。
「うそだろう」
たった四百文字の替え歌にどれだけ時間をかけたんだ。呆れると同時に感動を覚えた。四百字でこれなら、何千字、何万字を書く奴らはどれだけ時間を割いて集中するんだ。そんなことを思いながら、見直しもほどほどに投稿ボタンを押した。するとすぐに三名からスキが届いた。いくら四百字とはいえ、このスピードでつくスキは記事を開いてもいないのだろう。普段はなんとも思わない挨拶程度のスキに、思いの外傷ついている自分がいた。
「ま、人には人の事情があるからな」
そう呟いて自分を慰める。ハウツー系noterとしては当然の思考回路だ。
そうしてアプリを閉じかけたその時、新着のコメントを知らせる通知が届いた。見れば、青い髪の女のアイコンがある。主催者の一人、青豆だ。
初のやり取りだというのにまあまあなテンションでくる。昨日のふざけたメッセージを流したのもこいつだ。耳の奥に妙に甲高い声が今も残っている。どうしてくれるんだ。
初めての創作を終えたばかりで疲れもあり、適当に返事をしようと思った。
「ありがとうございます。
いっすね〜でしたか? ちょっちゅね〜」
精一杯愛想を振りまいた。
すると直後、またしても別の人からコメントが入った。
「私はあなたのそれが好きです」
意味不明だ。不気味なコメントだが、好意的ではある。「ちょっちゅね〜」とだけ返した。
その後も、
「それは私に幸福を得ます」
「人は集団の中で生きるべきです」
「それはあなたに面白いです」と続く。
わけのわからないコメントはどんどん増えていった。なんとなく、その正体はわかっていた。増え続けるコメントの数字を気味悪く眺めつつも、初めて自分が生み出した物語に対して集まる反応に、どこか有り難みを感じていた。
「いんぷれっしょん ほーみたい」
そう呟き、静かにno+eを閉じた。
(2000文字)
(たらはさん、アイコンをいじって申し訳ありません🙇♀️)
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