夫の好物 【サイコの鶏唐】
「親父、母ちゃんの作る唐揚げ好きだったよな」
夫の葬儀の夜、私と息子三人は、自宅近所の個室居酒屋にいた。
夫が亡くなってからの慌ただしい数日を思い呆然としながらも、どこかほっとした心に、レモンサワーが沁みる。
「おまたせしました」
店員が新たに唐揚の乗った皿を運んできた。
「あら、どうして」息子に目をやると
「父ちゃんの分だよ」と言う。
夫の遺影の前に唐揚げを差し出す息子の優しさに涙が出た。
「だけどさ、この人が好きだったのは、胸肉の鶏唐なのよ」
笑顔の夫を見ながら続ける。
「いつも油を気にしてたけどさ、結局揚げ物にするんだから、気にしたって仕方ないのに」
悲しいのに、笑いがこみ上げる。
「サイコー、サイコーって、私の名前を呼ぶのよね。サイコの鶏唐ー!って」
「馬鹿だな、親父」
息子たちも笑っている。
笑いながら次男が夫の分の唐揚げにレモンを絞った。
勢いでレモンの汁は夫の遺影に飛んだ。
「あーあー。あれ、父ちゃんの顔見て」
見ると遺影の夫も、私達と同じように涙を流して笑っていた。
[完]
#毎週ショートショートnote
に参加させていただきたいています。
今週の裏お題【サイコの】×【鶏唐】で書きました。
この話はこちらとも繋がっています。よろしければ御覧ください↓↓↓