オムニバス小説 『柿』 #虎吉の交流部屋プチ企画
「返事はいらないよ」と書いた便箋の端に小さく柿の絵を描いた。
返事なんていらない。
手紙って、書きたい人が書き始めて、受け取った相手が、都合のいい時に開いて読むもの。
柿を食べたいと思った時に、丁寧に皮をむいて食べ始めるように、いつだって読む人しだいなんだ。
だから、返事なんていらない。
ⅩⅩⅩ
柿だけは一緒に食べてくれた。
一人で食べる食卓の電気はいつも暗くて、めいっぱい明るくしてもどうしても暗く感じてしまうのに、母が隣で柿の皮を剥いてくれるときには、取り替えたばかりの電球のように眩しく感じた。
「お母さんは、柿が一番好き?」
「好きよ。子供の頃から」
「私も、柿好き」
母は笑った。
「一年中柿を食べられる方法はないの?」
「ない。秋の果物だから。一年中食べてたら飽きちゃうよ」
「だけど、柿を毎日お母さんと一緒に食べたいんだもん」
母は柿を口に運ぶ手を止めて私を見た。
「寂しいの?」
「寂しいよ。というか一人でいるのが怖い」
「怖かったらね、テレビつけたまま寝ていいからね。寂しさは……」
母は柿の柔らかい部分をフォークで突いた。
「寂しさなんて、大人になってから自分の方法で埋めていくものよ」
・・・
お母さんはそう言ったけど。
私は今でも寂しいよ。
大人になった私は、柿を食べなくなった。
ⅩⅩⅩ
閉店間際のスーパーで、特売の柿を4つ、袋に詰めた。
柿を一日に一つしか食べちゃいけないなんて誰が決めた?
柿4つと濃厚なガトーショコラ1つはどちらの方が糖質は多いのだろう。
全部、全部、どうでもいい。
着ているトレーナーの裾を引っ張って柿を磨く。柿の皮をぴかぴかになるまで磨きあげる。何時間でも泥団子を磨いていたあの頃のようにはいかないけど、ぴかぴかに輝き始めた柿を見て嬉しくなった。
磨き終えた柿に、いよいよかぶりつこうとして、やめた。スーパーの安い柿なんて、農薬まみれなのだろう。
やるせない気持ちで舌打ちをして、ナイフを出した。
くるくると巻き取るように柿の皮を剥いて、捨てる。
いらないもの。
汚いもの。
全部、全部、捨てられたら。
オレンジ色の柿を見て思った。
「オレンジ色じゃない。これは柿色だよ」
綺麗な柿色を今年も見ることができた。
汚れたものの中に必ずある。
きれいな柿色の、柿。
[完]