私のお母さん
朝、おにぎりを作っていると、お母さんが起きてきて言いました。
「ゆいちゃん。何してるの?」
お母さんはキッチンに入ってきて、お弁当箱をのぞき込みました。
「まだ見ちゃだめだよ」
私は慌てて近くにあった鍋のふたでお弁当をかくしました。
「ね、それってもしかして私に?」
そう言われると照れくさくて、私はお母さんに背中を向けてうなづきました。
「ゆいちゃん、だから早起きしてたんだ。やだあ、なんか涙出ちゃう」
お母さんが泣いているような声を出したので、私は「早く準備しないと、待ち合わせにおくれるよ」と言いました。
「ありがとうね」
お母さんはそう言って、私の頭をなでてくれました。
お母さんが準備のために部屋の中を行ったりきたりする間に、私はお母さんの水筒に温かいミルクティーをいれました。
私は、いつもぎりぎりに家を出るあわてんぼうのお母さんの代わりに持ち物のチェックもします。それが終わると、先週買ってもらったばかりのスマートフォンを手に取りました。
メッセージアプリを開くと、仲の良い友だち5人で作ったグループにたくさんの通知が届いていました。みんな、この3連休の予定を言い合っています。私は特に予定がなかったので、この会話に気づかなくて良かったと思いました。
「今日、寒いかなあ」
お母さんが洗面所から私にききました。
「調べてみるね」
私は天気予報のアプリを開き、今日お母さんが高校の同級生たちと出かける場所の気温を調べました。
「曇のち晴れ。16度だって」
そう言うと、お母さんは「サンキュウ」と言いました。
8時。お母さんが出発する時間になりました。
「帰り遅くなっちゃうかも。先に寝ててね。なにかあったら連絡して」
お母さんは、私が首から下げているスマートフォンのケースをカチカチと爪の先でつつきました。人指し指の爪のビジューがきらっと光ってきれいでした。
「ストーリーズにたくさん上げてね」
私はお母さんのインスタグラムを見るのが好きなのでそう声をかけました。するとお母さんは思いついたようにカメラを立ち上げて「出発前にとろう」と言いました。
お母さんは素早く写真を数枚取ると「やばい、遅れちゃう」と言いながら、あわただしく家を出ていきました。
私はとられた写真を確認できなかったことが少し不満で、お母さんにすぐにメッセージを送りました。
「ちゃんと加工してね!」
返事はなかったけれど、すぐに既読マークがつきました。
お母さんが出かけると部屋の中はとても静かになりました。私は静かな家に一人でいることが苦手なのでいつもタブレットで動画を流しています。
私が好きなのは、私と同い年の女の子たちの動画です。みんなおしゃれで、話していることも楽しくて何時間でも見ていられます。
そのあとはお皿を洗ったり、洗たくしたりしながら、ときどきお母さんのインスタグラムをチェックしました。
朝出発した時の投稿には、もうすでにたくさんのコメントがきていました。お母さんのフォロワーさんは優しい人が多くて、私のこともほめてくれます。
「娘ちゃんかわいい」「素敵な親子」
そんなコメントを見ると私はとても嬉しくなります。
家のことを終わらせてお昼ごはんを買いに外に出ると、同じクラスの佐々木ミキちゃんとミキちゃんのお母さんに会いました。
「どこいくの?」ときかれてコンビニ、と答えました。
「一人で?」と言われたので「お母さん、今日は友だちと高尾山行ってるから」と言ったらミキちゃんは、「そうなんだ、じゃあ後で見てみるね」と言いました。
前に、学校の友だちにもお母さんのアカウントを教えたらみんなフォローしてくれました。だからお母さんは、有名人とまではいかないけれど、結構知られています。
家に帰って、コンビニで買ったキャラクターとコラボしたプリンを食べながらお母さんのインスタグラムを見ました。ちょうどお母さんたちもお昼ごはんのときだったみたいで、私が作ったお弁当の画像がストーリーズに流れました。
「#ゆいちゃんありがと#大好き」
私はお母さんがつけてくれたこのハッシュタグと、フォロワーさんからのコメントを読んで、早起きしてお弁当を作って本当に良かったと思いました。
夜は、お母さんたちが居酒屋の個室でインスタライブをすることになったので、それに間に合うようにお風呂に入りました。
ライブが始まると、すぐにたくさんのフォロワーさんが集まってきてお母さんに挨拶をしました。私も「お母さんおつかれさま」とコメントしました。そうしたらお母さんが気づいて「ゆいちゃーん」と言って画面越しに手を振ってくれました。
お母さんはお酒を飲むとよく笑って、たくさんしゃべります。フォロワーさんからの質問に真面目な顔で答えたり、時々泣きそうになったりします。話の内容はよくわからないけど、お母さんの声を聞いてお母さんの顔を見られる時間が私は大好きです。
インスタライブの終わりになると、フォロワーさんからたくさんのハートと「ありがとう」というコメントが届きます。それを見ると私はいつも「お母さんは本当にすごいなあ」と思います。
お母さんはこうやって人前に出るために新しい服を買ったりネイルサロンに行ったりして、普段から努力しています。頼んだわけでもないのに、家にいないときでもお母さんと繋がれるように私にスマホを買ってくれたこともすごくうれしかったです。
「ありのままに、自由に生きる」
これは、私のお母さんの「モットー」だそうです。
自分の好きなことをして生きていく大人はかっこいいと私は思います。私は好きなことをして笑っているお母さんが好きです。だから私も早く大人になって、お母さんみたいに自由になりたいです。
4年1組 橋本 唯
#ゆいちゃんありがと#大好き#自慢の娘#母娘#holiday#多様性#娘好きさんと繋がりたい