旅行記②|女の園はカレーの匂い。
有明でライブを楽しんだ私は再び汐留に戻ってきました。
汐留の夜は静かでした。ホテルに戻るまでの道に飲食店が見つからなかったので大人しくコンビニでおかずとスイーツを買いました。
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ホテルのフリースペースでは、夜食に炊き込みご飯の提供があり、お酒も5杯まで無料で飲むことが出来ます。
私は数年前にお酒を卒業しているのでいただきませんでしたが、皆さんイイ感じに楽しんでおられました。
と言っても、カプセルホテルを利用するのはほとんどが一人客なので、夜は満席状態のフリースペースも非常に静かです。
大勢の女性が一堂に会して無言で一人酒をする光景を初めて見ました。
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大浴場はジェットバス付きの人工温泉でドライサウナもあります。
アメニティは充実しており、館内着も着心地がいい。
ドライヤーはダイソンが3台、ReFaが3台と、美容好きな女心をくすぐります。
それにしてもどこを見ても女、女、女。
人種も様々、年齢も幅広いまさに〝女の園〟です。
入浴を済ませ、ゆったりした館内着に着替えてカプセルへ向かいます。
私のカプセルは上下に二段あるうちの下段でした。スリッパを脱ぎ〝はいはい〟するようにして中に入っていきます。
カプセル内の温度は快適です。細かく調整ができるし、ロールカーテンを少し開けることで廊下からの冷気を取り入れることも出来ます。
カプセルフロアはとにかく静かです。
荷物の整理なども睡眠の妨げになるからという理由で禁止されています。基本的に寝ることに集中する場所なのです。
私はハンドバッグを持ち込みましたが、物を一つ取り出すにも気を遣いました。本当にしんと静まり返っています。
だけど私は静かな空間が好きです。
ロックなライブを好みながらも、いつでも耳栓を持ち歩くくらい静寂が好きです。
静かなカプセルは私にぴったりでぐっすり眠ることができました。
🐔🐔🐔
翌朝は4時半に目覚めました。
混み合う前にと、静かに朝風呂へ向かいます。
このホテルの難点は、エレベーターが一台しかないこと。
結構な人数が滞在していて、2階から9階を行ったり来たりするので、エレベーターの待ち時間がとにかく長いです。
「急ぎの方は外階段をご利用ください」とあって一度だけ使いましたが、真夏の外階段をスリッパで上り下りするのはなかなか辛い。
時間を気にせずおおらかな気持ちでエレベーターを待つことが吉です。
習慣にしている朝のストレッチをできないかわりに、マッサージ機を利用しました。
うっかり、前に使った人の設定のままマッサージ機に体を委ねていたら、ふくらはぎを強力に締め付けられて焦りました。
恐らく、私の前に使った人はSサイズの華奢な女性で、MLサイズの私にはキツすぎたのです。
止めたくても両腕をエアーに挟まれていてリモコンを操作することもできません。
全身をリラックスしたくて「無重力コース」を選んだのに、無重力にされてたまるかと必死に抗います。そして一瞬の隙をつき、足を浮かせることに成功しました。
開放された私の両足は、所在なげに機械の振動で揺れていました。
中途半端に体がほぐれたあとは、カプセルに戻り、音を立てないように気をつけて化粧をしました。
鏡の前に座ると、顔の左半分に光が当たり、逆の半分は影になっていたので、どんな顔に仕上がったのかよく分かりませんでした。
(良い子は真似してはダメ)
そんなこんなで時計を見ると6時40分。
「そろそろだな……」と穴蔵を出ます。
前情報によると、朝の七時から提供が始まるカレー&ラッシーに人が群がるため、フリースペースの席が足りなくなることがあるとか。
カレーはともかく、席は欲しい。
ということで早めに行動に出ます。
まだそれほど混みあっておらず、席を選ぶ余裕もありました。
そんなに長居するつもりもなかったので、ドリンクバーや炊飯ジャーに近い席に座りました。
私の左隣には先客がいて、なにかそわそわとして落ち着かない様子でいます。
女の園というのは言葉ほど優雅ではなく、何人かは椅子の上でだらしなくあぐらをかいたりする、〝完全フリーな女〟がいます。左隣の女性も寝起きスタイルのまま椅子に浅く腰掛け、背もたれに体を預けながら両足を前に投げ出して首だけを落ち着きなく動かしています。
私は一抹の不安を感じつつ、ミネストローネを食べていました。
七時近くになると、スタッフが忙しそうに行ったりきたりし始め、備品を揃えていきます。左隣の女性と私は、そんなスタッフの動きを目で追っていました。
するとついに奥の部屋から、スタッフが大きな鍋のようなものを抱えて出てきて、元々あった炊飯ジャーの横に置きました。
それを見ると隣の女性はすぐさま立ち上がり、使い捨てのトレーを持ってその鍋に近づいて行きました。
私がそんな女性の背中を見つめて微笑ましく思っていると、一番にカレーにありつけて幸せであるはずの彼女がなぜか挙動不審な動きをし始めました。彼女の次にやってきた別の女性は冷静に状況を観察したあと、ドリンクバーへ消えました。
スタッフが炊飯ジャーの隣に運んだのは、二台目の炊飯ジャーだったのです。
彼女はただの白米の二段構えにうろたえながらも、なんとかその場に留まり、ついに運ばれてきたカレールーの大釜に歓喜したとか、しなかったとか。そこまでは見届けることはできませんでした。
なぜなら、そのときには私だってカレーの列に並んでいたのですから。
カレーは2種類、キーマと野菜カレーがありました。
私はキーマを食べたあと、一度カプセルに戻りごろごろして、小雨降る天気の回復を待っていました。
その後、もうすっかり朝の散歩に出る気をなくして、暇つぶしにもう一度カレーを食べに行くことにしました。(9:00am)
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カプセルのフロアで長い間エレベーターの到着を待ちました。
相変わらず待ち時間は長いけれど、1度目のカレーを済ませている私には心の余裕があります。
そうしてついにやってきたエレベーターのドアが開かれ、乗り込んだ瞬間――。
1台しかない狭いエレベーターの中は、うんざりするほどの加齢臭……ではなく、カレー臭が充満していたのです。
昨日のチェックイン時、やたらとエレベーターやその他至る所、消臭スプレーや芳香剤の匂いがしたのはこういうことなんだ、と腑に落ちました。
こうして2度目の朝カレーで精をつけた私は、二日目のライブに意気揚々と出かけたのでした。
[完]
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