見出し画像

占いスープ (短編小説)

「よう来た…ね」

妙な間があった。
紫色の長いワンピースを着た女性は、健康な大人のおよそ3分の1ほどの歩幅でこちらへ歩いてくる。
女性の歩き方が気がかりで、不思議な緊張感を覚えた。

「どちらのドアから入られたのかな」
そう聞かれて、数分前にやたらと小さなドアから腰をかがめて入ってきたことを思い出した。
「小さい方のドアから」
答える自分の声も小さくなる。

「ほう。そうだったかね」
女性はやっと私の真向かいの席にたどり着き、椅子を引いて座った。
「はぁぁぁ…」
女性の吐く長いため息が自分の顔にかかることが嫌で、咳をする振りをして顔を逸らした。

「よく、がんばったじゃん」
「……はぁ」
とにかく年齢不詳な女性だった。40代から70代の間だろうとは思う。

「スープはもう頼んだのかい」
「まだです。メニューがどこにも……」
言い終わらないうちに、ラミネート加工されたハガキサイズのメニューを渡された。

占いスープ …1000円
野菜スープ……900円

「占いスープで」
「占いスープで!!」
裏にいる誰かに注文を伝える女性の声は思いのほか大きかった。

「あの、占いスープというのは…」
「すぐくるから。それからだね」

女性と向かい合ってスープを待つ。たった2分ほどの時間があまりに長く感じて、スマートフォンを取り出して気を紛らわそうとした頃、奥の部屋から漏れる光の中に影が動いた。
1人の女が、小盆にスープを乗せて登場した。
健康な大人なのだろう。あっという間にスープを運んできて、目の前に置いて去っていった。
目の前に置かれたスープを見つめる。具のない、オレンジがかった色のスープだった。

「あんたは女?男?」
女性に尋ねられ、「女です」と答える。

「どうしてあの時、あんなことをしてしまったのだろうと思っているね?」
私は思い当たることをすぐに見つけられず、黙っていた。

「スープの中に、何が見えるね」
女性に言われ、もう一度よく目を凝らしてみる。すると、初め覗き込んだ時には気が付かなかったが、スープ皿の底に非常に小さな2つの文字が見えた。

「小…吉?」
「小吉か」
女性は目をつぶって頷く。それから片方の手を伸ばして私のスープ皿に添えた。
「飲んでみなさい」

私はスプーンを取り、一度すくって口に含んだ。女性に見つめられて飲むスープは味を感じられなかった。

「どうだ。大丈夫だろ?」
「大丈夫、というのは?」
「スープの味、スープの温度」
「…はぁ」

女性が言うように、スープの温度は熱くもなく冷たくもなかった。味はよくわからなかったが、不味くはない。

「そんなものなんだよ。結局」
女性と私の目が合った。
女性の目は、やさしさも思いやりも、特別な意思も感じられない目だった。

「あんたは大丈夫だ。スープを飲んだら帰りなさい」

女性は席を立つと、健康な大人の3分の1の歩幅でちょこちょこと歩きながら奥の部屋へ入っていった。

私は言われた通り、スープを飲んだ。
スプーンでスープをすくう度に小吉の文字が目に入った。
スープを飲み干して、会計をしようと奥にいる誰かに声をかける。
直ぐに先程スープを運んできてくれた女が顔を出した。
「1000円です」
私は千円札を一枚置いて、今度は大きい方のドアから店を出た。

「はぁ……」
妙な緊張から解放され、長いため息が出た。
吐いた息は、コンソメの匂いだった。



[完]


#短編小説

※物語に深い意味はないです。描写です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?