掌編小説|月紙
未晒クラフトの袋の口を開き、中身を詰めていく。さらりとした紙の感触を得ながら形を整え、口をテープでとめた。
保管している持ち手付きの紙袋の束からシンプルなものを選ぶ。食品をイメージさせるものは避けた。
靴箱からパンプスを取り出していると、静かに背後に立った綾乃から「ママ頑張ってね」と声をかけられた。
私は意識して口角を上げ、「いってくるね」と言った。
日曜はほとんどの店がシャッターを降ろす寂れた商店街を抜けて駅に向かう。
一駅先の駅前、ビルの二階にある喫茶店に入ると、奥にいた男性が立ち上がった。
「どうも、早い時間にお呼び立てして……」と話しながら白河さんの正面に腰を降ろすと、私の声に被せるように、白河さんも早口で挨拶をする。
「いやあ、こちらこそ休みの日にすみません。凛がお世話になってます」
日曜日に白いワイシャツを着てボタンを一番上まで留めている。真面目な父親なのだろうと思う。
「運動会は観に行かれますか」
「ええ。そろそろ嫌がられるかと思っていましたが、凛の方でも私が観に行くことを楽しみにしているようです」
「そうですか」
そこまで話して、互いに飲み物を注文した。
「凛ちゃんと綾乃は今年放送委員で張り切ってますね。こないだなんて、当日流す曲を決めるって、二人で何時間も部屋に籠ってましたよ」
「ああ、そうでしたか。いつもお邪魔させていただいて、本当に、ありがとうございます」
いえいえ、と言いながら、テーブルの上で組まれた白河さんの手に視線を落とした。
「修学旅行のこと、凛ちゃんは何か話しましたか」
「ええ。どこへ行って楽しかっただとかそんな話をいくつか。……あの、何かありましたか」
白河さんの手は男性らしく節が目立つ。
薬指の結婚指輪は冴えない色をしていた。
「紙を、使っていたんです」
ゆっくりと、ワイシャツの第一ボタンまで視線を上げる。
「お風呂の時、綾乃が気づいたんです。凛ちゃん、股に紙を挟んでいたんですよ」
白河さんの喉仏が一度大きく上下した。
「旅行期間と生理周期が重なる生徒は時間をずらしてシャワーを浴びるんです。今回はたまたま、綾乃と凛ちゃんだけだったみたいで。そんなことにも綾乃は喜んでいたんですけどね。凛ちゃんがシャワー上がりに、その……トイレットペーパーを畳んで股に挟んで、それっきりだったって」
白河さんは閉じていた口を僅かに開いたが、声を発する気配はない。
「うちも片親ですから、困りごとには誰かの助けが必要です」
私は持ってきた紙袋をテーブルの上に置くと白河さんの手元に近づけた。
「凛ちゃん、言えなかったみたいなので。ここに一式揃ってますから。次からは自分で買いに行くと思いますよ」
白河さんは考え込むように俯いた。
「それから、小さなゴミ箱を買ってあげてくださいね。それをトイレの隅に……」
何度も頷く。険しい表情の白河さんに一言「明るい色が良いですよ」と付け足した。
(本文1200文字)
日本最古の医学書「医心方」には月帯(けがれぬの)という生理用品のことが記されているそうです。
股に挟み経血を吸い取るふんどしのようなものです。そこから「月紙」というタイトルを考えました。
読み方は〝けがれ〟を使わず「つきがみ」です。