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【連載小説】空想少年の宿題 第1話「夏休みの始まり」

(あらすじ)
ノートに空想ばかり描いている小学6年生の純平は、いつものように何もない夏休みを過ごすはずだったー。
幼馴染のテッちゃんの誘いで、謎のUMA “ 雨男 ”を探しにいった彼は、傷ついた宇宙船を発見する。
宇宙船のAIに頼まれ、不思議な少女を助けたことをきっかけに、彼の運命は大きく動き出し、やがて人生最大の宿題に挑むことにー。

プロローグ

 目の前に広がる暗黒の穴。宇宙という果てしなく巨大な怪物が口をあんぐり開けているように見えた。
 先ほどまで惑星だったはずの無数の岩石がみるみるうちに吸い込まれていく。

 震えるモニターを眺めていると、お腹の底から沸き立ってくる感情に支配されそうになる。
 慌てて、怪物の口をウォータースライダーだと思い込むことにした。実際に乗ったことはない。小説で読んだだけだけど、あれはとても楽しいらしいから。
 ふと自分と同じ年頃の子たちが、プールを遊泳する光景が浮かんでくる。夏休みってこんな風かなと息を吐いた。

 こんな時に何を考えているの。意図せず、思い浮かべた映像を頭の中から払い除けた。
 地鳴りのような低い音と共に、震えが強くなる。今まさにこの機体は、すさまじい引力と高熱に曝されている。操縦桿を握る手のひらに、じわり汗が滲むのを感じる。

 「博士、この船は、現在自動運転中デス」
 「...分かって...る...」
 「心拍数が上昇してイマス。大丈夫デスカ?」
 「...大丈...夫...」

 そう返すのが、やっとだった。声が震えているのは、きっと機体の震えのせいだ。

 「間もなくワームホールに突入シマス。心の準備はよろしいデスカ?」
 「...ええ。もちろんよ。この宇宙にたった一度きりのチャンスなんだから」

 きっと上手くいく。そう言い聞かせるように操縦桿をぎゅっと握り直した。

 「承知しマシタ」

 次の瞬間、機体の震えは、大きな揺れに変わった。モニターには砂嵐のような渦が映し出されている。

 「突入開始しマシタ」
 「重力値は!?」
 「想定の範囲内デス。揺れマスガ、我慢してクダサイ」
 「よし...! 第一関門の重力耐性はクリアね! 航路は捕捉できる?」
 「目的航路2004捕捉成功」
 「や、やったわ! 計算通りね!」
 「航路2004へ前進シマス」
 「ええ、行きましょう...2004年の日本へ!」

 ガグンンッ....!

 「な、何?」

 機体の揺れとは、明らかに違う衝撃があった。

 「想定シナイ重量を検知。反重力計算にズレが生じマシタ。再計算中。更なる衝撃に備えてクダサイ」
 「想定しない重量って、船の外なの...!?」
 「コレは...船の内部デス!」

 ガガググウンンンッッ!
 「きゃあああ!」
 「左の反重力スラスタを損失シマシタ。コントロール不能。コントロールフノウ...!」

 非常ランプが操縦室を赤く染め、視界がグルグルと回り始める。遠のいていく意識の中で、スラスタの残骸が常闇の彼方へ吸い込まれていくのを見た。


第1話「夏休みの始まり」

 線のない真っ白なノートの上に、鉛筆を走らせる。

 ずんぐりとした胴体。コクピットを覆うキャノピー。両肩には、巨大ミサイル。逞しい腕の一方は人間のような5本指、もう一方はバズーカ砲を搭載させる。筆箱から、水色の色鉛筆を取り出して、片腕の砲口からエネルギー弾が今にも発射されそうに輝くのを描き足した。
 両脚は、そうだなぁ。超スピードで飛び回れる高性能スラスターがほしい。
 体の各部から矢印を引っ張って、説明を付け加えていく。

 「スラスターは、宇宙空間をも自在に飛ぶことができ...」
 「すみーのー」
 「現代科学をはるかに超える速さを実現...」
 「すみぃいーのーー」
 「また身体は、特殊超合金でできており、あらゆる環境に適...」
 「隅野純平すみのじゅんぺい!」
 「は、はいぃ!」
 慌てて、起立する。

 教室中から、どっと笑い声があがった。

 「さっきから何をぶつぶつ言っとるんだ。まだ夏休みじゃないぞー」

 熊先が呆れ返った目で、こちらを見ている。
 熊川先生、略して熊先は、生えかけて青くなった顎髭の上で、唇をへの字に曲げた。

 「す、すいません...」

 「気が早いぞー、隅野ー!」

 クラスの男子たちがはやし立て、女子のクスクス笑う声が響く。

 「静かに!」

 のぶとい声で、教室はしんとした。

 「まだ夏休みではない。が、もう後5分だな」

 皆が先生の次の言葉を待つのが分かった。

 「帰りの支度をしよう」

 やれやれとばかりに熊先が言うと、静まりかえった教室から、歓声が上がり、それぞれに支度を始めた。
 チャイムが鳴るや否や「さよならー」「さよならー」と皆が駆け出していく。

 僕もそれに続こうとすると、
 「隅野!」
 「は、はい!先生」

 足は走らせたまま、その場で停止した。

 「返事は、大変よろしい」

 熊のような大きな顔が僕を見下ろした。

 「こういう夏はもう来ない。来年からは、中学生なんだ。小学生のうちに小学生の勉強は、よーく復習しておくように。そのための」
 「夏休みの宿題...ですか?」

 熊先は、「その通り...」と息を吐き、また唇をへの字にした。

 「わかりました...さ、さよならー!」

 僕は、くるりと身を翻し、駆け出した。
 昇降口を抜けると、誰かが蹴ったサッカーボールが、青い空を目指して飛んでいくのが見えた。

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