言葉を頂く /ファシリテーション一日一話
産業人としての誇りを持って
大阪で会議進行の仕事があったついでに、パナソニックの創業者、松下幸之助歴史館に足を運んだ。和歌山に生を受け、9才のころから丁稚奉公をつとめ、商いの基礎を学び、二股ソケットやラジオやテレビといった日本の高度経済成長を支える家電類を次々と出していった松下の歴史は、戦後日本の歴史そのものといってもいい。このミュージアムは、松下幸之助さんが残してくださった珠のような言葉たちに出会えるのが魅力だ。
「物をつくる前に人をつくる」とか「まず好きになる」「衆知を集める」「企業は社会の公器」といった言葉たちには、産業人としての誇りを持ち、共存共栄で社会に貢献しようという幸之助さんの心がこもっていて、僕は深い感銘を受けた。亡くなった父も、幸之助さんのことはリスペクトを置いていて、家に何冊も著書があったので、なじみもあったんだと思う。このミュージアムは、幸之助さんの言葉を頂ける感じが、とても素晴らしく、ありがたい時間であった。
言葉を頂く仕事
ファシリテーターという仕事は「言葉を頂く」仕事でもある。参加者ひとり一人の発言を丁寧に受け取り、その場に位置づける。場合によってはホワイトボードに書いたり、模造紙に描いたり、声に出して復唱して、大切な発言を皆と共有する。そんな機能を果たしているように思う。
こちらが「丁寧に言葉を頂こう」という姿勢をもって受け取り始めると、発言者もその姿勢に呼応して「より的確に発言しよう」という気持ちが働き、会議の質は向上する。よく「まとはずれな発言も受け取るんですか?」と質問されるが、もちろんそれも受け取る。大事なのは、こちら側の姿勢だ。まとはずれな発言や、自分の好みではない発言は受け取らず、こちらが適切だと思う意見ばかり受け取っていては、「公器」にはならない。どのような発言も、その珠のようなエッセンスを受け取り、皆と共有できる形で、その場に置きなおすことによって、お互いの言葉のやり取りは、その密度を増してゆく。
真剣さは伝播する
この日はある自治体の教育委員会の依頼で、指導主事や行政職の皆さんがガチンコで会議する場面のファシリテーションを受け持たせて頂いた。市内に住む子どもたちのため、教員のみなさんのために、全力を尽くして働く皆さんたちの声もまた、珠のようであった。それぞれ忙しく頑張っているのであるが、チームとして何に注力してゆくのか、どういう体制で臨めば、本当の意味で現場のニーズに応えることになるのか、私たちが投入可能な人員配置で、本当にそれが可能なのか? 業務のなかで「本当はやる必要のないもの」「効率化できるもの」がもっと沢山あるのではないか? といったことを真剣に、限られた時間のなかで出し合う場面に立ち会うことができた。真剣さは伝播する。ここにいる人たちが、本気で動いてゆくことで、教育現場がよりよく変わってゆく未来を感じた。頼もしい人たちだ。
熱海会談
松下幸之助歴史館で印象的だったのは「熱海会談」の様子が残されていたことだ。日本が不景気に陥ったとき、販売店や関連会社の中心人物を熱海に集結させ、3日3晩討議する。「松下がきちんと指導しないから売れないんだ」という現場からの怒りの突き上げをくらったり、不況というものがどのように迫っていて、本当に苦しいんだという実情が涙ながらに語られたりしたこの会談の最後に、松下幸之助は誓いの言葉を口にする。販売の現場、流通の現場を守って下さっている皆さんへの敬意を忘れてしまっていたことを率直に詫び、これまで培ったものを最大限活かして、必ず業績を回復するぞ!と。すでに社長を退き、会長職だった幸之助さんが、再び営業本部長的ポジションに戻ってきて陣頭指揮をとり、見事にV字回復していく流れを産んだ会議だ。会議オタクの自分としては、タイムマシンがあれば、その3日間で発せられた珠のような言葉たちを、受け取りに行きたい気持ちにもなった。
今できることをやる
そして同時に、今、僕ができることは、ご用命いただいたクライアントの皆さんの会議の質を可能な限り高め、よい場をつくることだな、とも思った。というわけで、今年も年始から、いくつもの重要な会議進行をお任せ頂くことになります。本年も、自分なりに全力をつくしてファシリテーターとして機能していきたいと思います。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。