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ベトナムの路上で熱唱した話

「旅の恥は掻き捨て」という言葉があります。僕は、アクティブな方では無いのですが、仕事柄、夏に休みを取りやすく、時間があったので独身の時にはよく海外に旅行に行っていました。

これははじめて一人旅でベトナムのハノイに行った時の話です。

以前、ベトナムのホーチミンには行ったことがあったのですが、ハノイは初めてで、かつ初の一人旅だったので、少し緊張していました。

ただ、ハノイに到着すると、そんな緊張は忘れて、大いに楽しみました。ベトナム料理は美味しいし、街の雰囲気も落ち着いていて、ゆったりとした時間が過ごせました。

ハノイの中心部には大きな湖があり、その湖の周りでは、朝はお年寄りが体操や太極拳をしていたり、夜は若者たちが集まって話し込んでいたり、路上ミュージシャンがいて演奏を披露していて、賑やかでした。到着2日目の夜、湖の周りを散歩しながら、ギターを弾き語りしていたおじさんをなんとなく眺めている時でした。

おじさんが「日本人?SUKIYAKIを歌える?」と話しかけてきました。「SUKIYAKI」が分からずヘラヘラしていると、どうやら「上を向いて歩こう」のことだとわかりました。僕はとてつもなく「音痴」でカラオケでも、笑われるレベルの音痴を超えて、気を遣われてしまうレベルの音痴なのですが、注目が集まってしまったことと、海外で開放的になっていたこと、少し酔っ払っていたことも手伝って、おじさんの演奏で「SUKIYAKI」を歌うことになりました。

僕は何を思ったのか、シンプルに歌うだけだとつまらないな、と考え、よくわからないダンスを踊りながら見ている人たちに手拍子を求めつつ歌いました。本当に坂本九さんには曲のイメージを崩してしまい、申し訳なかったのですが、変な日本人が歌っていることが珍しかったのか、人が人を呼び、最終的に100人近くの現地の人の人だかりが出来て、おじさんと僕を取り囲み「SUKIYAKI」を聴いてくれました。世界の坂本九さんはすごいな、と感心しているとアンコールを求められて、調子に乗ってリクエスト曲の希望などを聴いたのですが、「石川さゆり」「香西かおり」など、演歌界の大御所のお名前が出てきて、日本人のくせに演歌に疎い僕は、リクエスト曲を断念し、ひたすら「SUKIYAKI」を歌うことにしました。

さすがに、5回も歌うと、聴いている方も飽きて、人だかりがまばらになり、私の人生、最初で最後の路上ライブは幕を閉じました。おひねりを入れるおじさんの帽子は、まあまあ一杯になり、不思議な達成感に浸りながら、幾ばくかのお金をギャラとして渡そうとしてくれたおじさんの申し出を断っていると、最後まで残ってくれた奇特な人達が「一緒に写真を撮ろう」と言ってくれました。中にはハノイの大学で日本語を勉強したいという現地の高校生や演歌をリクエストしてくれた日本に詳しいおじさんもいました。

「旅の恥は掻き捨て」…知らない人ばかりの土地で内向的な自分でも、自分の知らない一面に出会える…とても良い体験だったと思います。

ある有名な方が「自分探しをしている人はもれなく頭が悪い」と言っていました。僕も基本的にはそう思います。普段ありのままに生きている自分が「本当の自分」なのです。ただ、旅をする中で出会った人たちや環境が自分の知らない自分を引き出してくれることはあるのだな、ということは学ぶことができました。もちろん、この体験を間に受けて、「本当の自分」は歌手だ!等と、日本に戻って、歌手を目指す、とかそんなクレイジーなことはしませんでしたし、変なダンスを踊りながら音程のズレた「上を向いて歩こう」を歌う自分がデフォルトの本当の自分だったら、心底自分にげんなりします。しかし、この体験をしたことで、気分が軽くなって、ありきたりな日本での日常に活力を持って戻ることができました。


「旅のススメ」なんて大げさなものではありませんが、皆さんもコロナが明けたらどこかに出掛けて見てください。気持ちの張りが抜けて、素敵な出会いや発見があるかもしれません。

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