【小説】花束の物語【薔薇編#3】
病院近くの橋で菊池 京谷と出会ってから3週間後、彼は学校に来るようになった。どうやら無事退院できたらしい。彼の周りにはすぐに人が集まり心配の声をかけている。
人気者だったんだな、あいつ。
ただ、私には関係ないことだ。私はこの3週間、おとなしく過ごしていたおかげで、女王集団から嫌がらせを受けることはなかった。ものすごく平和だった。
「ねぇ、イバラさん」
「.....…」
平和だった…
「イバラさんってば!なんで無視するの?」
「...............…」
平和だったのに.....…
「おーい。無視ですかー?」
「うるさいな!私に話しかけないでよ!」
突然の大声に教室がシーンと静まり返る。
「おぉ!?びっくりした。そんな大声出さなくてもいいだろ?なに、もしかして生-」
私は、デリカシーのない奴と京谷を睨み、拳を振りかぶった。
「ま、待って、冗談!今のなし!」
京谷は両手を挙げて私から距離をとった。
「京谷~、イバラに近づいたらあんたも殴られるわよ~?」
女王がわざとらしく声を張り上げながら、まるでこのタイミングを狙っていたかのように近づいてきた。後ろにはしっかり金魚の糞が付いてきている。
「私~、この前イバラに急にビンタされたの~。そのせいで頬っぺたが腫れて、今もジンジン痛むわ~。」
「そっちだって私の顔思いっきり殴ったじゃん」
私は、小さな声で反論した。女王の方を見るのは少し怖いので顔を背けると京谷と目があった。「だから、あの時死にたそうな顔してたんだ」と、私にしか聞こえないような声で呟いてきた。なんだ、こいつ…。
私と京谷がヒソヒソ話していたのが気に食わなかったのか、女王ではなく金魚の糞その2が苛立ちを露わにした表情で反論してきた。
「はぁ~?先に手を出してきたのはそっちじゃない!それに、なに?あんた、なんで京谷と親しげなの?あぁ~わかった、あんたが京谷に近づいたから私は振られたんだわ!この、泥棒猫!!.....…京谷を…、きょぅゃをかぇしてよぉ.....…」
苛立っていた表情は次第に悲しさへと変わっていき、とうとう泣き出してしまった。金魚の糞その1が慰めるように抱きしめる。
どうにかしろよ、と京谷に視線を向けるが、当の本人はただじっと元カノの方を見ているだけだった。その表情は、振った後悔?、というよりは、どこか呆れたような感情が染み出ている様にも見える。
しばらくして、泣き止んだ金魚の糞その2は顔を上げると、懇願するように京谷の方を見た。
「京谷は知らないかもしれないけど、イバラに近づいた人は皆不幸になっていってるの。京谷もイバラに近づいたから入院なんてしてたんでしょ?京谷はイバラに騙されてるだけなの。早く離れないともっとひどい目に遭うに違いないわ。そんな奴から離れて私たちまた、やり直しましょ。ねぇ、京谷」
子どもを諭すような声音だが、私には呪いの言葉に聞こえた。私が彼の立場なら思いっきり後ずさり、全力で顔を引きつるレベルだ。
京谷はしばらく沈黙していたが、やっと話す気になったのか口を開いた。
「はぁぁーー」
溜息だ。盛大に溜息を吐きやがった、こいつ…
あまりの肝の据わり方に私は感心し、周りはポカーンと口を開けていた。
「........正直に言うけど、俺がお前を振った理由.....…」
静かな教室に響く低い声。
急に話しかけられた金魚の糞その2は獲物に見つかった小動物のように身をすくめ震えだした。
「お前、重いんだよ。顔は良かったから付き合ってみたけど、毎晩朝まで電話だし、返信遅かったらすぐ怒るし。面倒くさくなったから振った。以上。」
なんてひどいこと言うんだこいつーーー!さすがの私もこればかりは元カノに同情する。
「それに、皆さー、何か嫌なことがあったら全部”華”のせいにするのやめたら?ダサいよ、お前ら。自分に降りかかった不幸何て、全部自業自得だろ?俺は、”華”と会う前から入院してたし、全くこいつのせいじゃないよ。」
静寂に包まれる教室。あまりの静けさに耐え切れなくなったのか、はたまた京谷の言葉にショックを受けたのか、元カノは教室から飛び出していった。
「「あんた、サイテー!!」」
女王と金魚の糞その1は、口をそろえてそう言うと、元カノの後を追った。
次第に教室内から、「あんな、言い方しなくても…」、「顔がいいからって調子乗りすぎだよな」「京谷くんに近づいてもきっと不幸になるわ」などの声が聞こえてきた。静寂だった教室は、一変、喧騒に包まれていった。
「これで、話しかけても大丈夫だろ?あー、なんかスッキリした!」
「........名前、呼び捨てすんなし…」
かくして、京谷は私と同じく教室のハブられ者となった。
続く。