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ミュージカル『カム フロム アウェイ』 -怒涛の100分間のあと、温かい感動が残るドキュメンタリーミュージカル

駆り立てるような打楽器の鼓動、
郷愁を呼び覚ますようなケルティックな音色。
怒涛のノンストップ100分間は瞬く間に終わってしまった。

実力派揃いのキャストさんたちによるパワフルな歌とダンスとお芝居に、目も耳も脳みそも全集中して100分間が一瞬で終わったあとは、温かい感動が心に残る、ドキュメンタリーミュージカルだった。


全員が主役、まるで万華鏡のような目まぐるしいほどの展開

12人の俳優たちが100人近い人物を演じ分け、5日の間に起きたエピソードが息つく間も無いほどに次々と語られていく。
目まぐるしいほどの展開だったけれど、実際、7000人が避難したのであればそこには7000の物語が、それを受け入れた町の人が9000人いたのならばそこにも9000の物語が、この5日間に町中のそこここで展開していたのだろう。

2001年9月11日、アメリカで起こされた同時多発テロの影響で、アメリカの領空が封鎖され、着陸できなくなった38機の飛行機が、カナダの北東、ニューファンドランドのガンダー国際空港に緊急着陸することになった。
それから全ての飛行機が離陸するまでの、7000人のCome from Aways(当該からの訪問者)と、町の人達との交流の物語。
脚本・音楽・歌詞を手掛けたアイリーン・サンコフ/デイヴィッド・ヘインは、それから10周年の記念日を祝うために再び集った人たちに聞いた16,000ものエピソードをもとに、この作品を作り上げた。

膨大なセリフ量。登場人物の言葉だけでなく、状況を説明するセリフも多い。
セットは13脚の椅子とテーブルのみ。その椅子とテーブルがキャスト自身の手で動かされて次々に配置を変え、その見立てで舞台が機内の客室になったりコックピットになったり、カフェになったりバスになったり ―。
衣装や小道具の持ち替えも、キャスト自身が互いに手を貸しながらこなしていく。
これがものすごいスピード感で進んで場面を繋いでいくので、キャストの一挙手一投足が緻密に計算され尽くしているのだと思う。キャストさんの力量とお稽古の賜物か、そうとは感じられないほどに流れるように動いていたけれど。

一つ一つはばらばらに動きながら、美しい幾何学模様をくるくると映し出す万華鏡のようだと思った。

1つでもミスったら総崩れしそうな緊張感。
半年間に及ぶ稽古、キャストの皆さんは本当に大変だっただろうと思うし、実際口々に大変だったと仰っているけれど、稽古中は笑いが絶えなかったとか。
キャリアも実力も充分に兼ね備えたキャストだからこそ、今は大変でも、この仲間となら、初日の幕が上がるまでには絶対に完成させられる。そんなキャスト同士の信頼と自負があったのだろうと思う。

12人のキャストの誰が主役でもない、というか、登場する100人近い人物それぞれが全て主役。誰かがセリフを言ったりソロ歌唱をするときに、バックでダンサーやコーラスを務めるのも12人のキャストたち。
ミュージカルという業界の、プリンシパルとアンサンブルが明確に線引されている習慣には(制作側や業界独自の事情もあるのだろうけれど)個人的に疑問を抱いていたし、それが脚本や演出という創作にも制限を課しているのではないかと思っていた。
それをぶち破ってくれていた、という意味でも画期的な作品だった。


赤い丸印がガンダー

「お前さんだって同じことをしただろう」

人口9000人の町に乗客・乗員およそ7000人を載せた38機もの飛行機が急遽着陸することとなり、町の人口は一夜にして倍近くに。
一つ所に多くの人が集まれば、それはその社会の縮図。
老若男女が入り混じっているのはもちろん、さまざまな人種、国籍、言語、宗教の人々がいて、食べるものも生活習慣も異なる。そんな人達を迎えるために、町中の人達が奔走する。

日本に住む私にとっては、災害の被災地や避難所の状況が思い起こされるものだった。年始には能登半島地震、翌日には羽田での航空機事故があり、報道やSNSで目にしたばかりの多くの問題と同じことが起きていた。
避難所の運営に伴う困難な状況、ペットへの対応、それに乗客の安全を第一として行動する機長、乗客に動揺を広げまいとする客室乗務員の姿・・・。

反面、911のテロの背景を含め、人種や宗教にまつわる問題は、(近年変わりつつあるとは言え)私たち日本人には実感を伴って理解するのは難しいかもしれない。

でも、それで良いのだと思う。
この作品の本質は、困難な状況にある人を前にして、町の人達は温かく、寛大で、力強く、それぞれの形で助けになろうと行動したこと

飛行機が再び飛び立とうという別れ際、お礼を言われた町の住人が、「お前さんだって同じことをしただろう」といった言葉が全てを物語っている。

物語は、5日間を乗り越えて、飛行機が再び離陸し目的地へ旅立つところで終わりではなかった。この5日間が、飛行機の乗客と町の住人たちの人生に少しの変化をもたらしていた。
それと同じように、私を含めこの作品を観た観客も町の人達の温かさと寛大さを心に留め、その後の人生に少しの変化がもたらされるだろうと思う。
そんな心の連鎖がこの世界に広がれば、争いや対立を少しでも減らせるかもしれない。

現実の世界では、911のテロの現場では今作とは裏腹に多くの悲惨な物語があり、今も大きな爪痕を残しているし、戦争や紛争は今この瞬間も起きている。
でも、いや、だからこそ、このような作品を上演することに意味があるのだと思った。


ここからは、個別の感想を。
全てに触れていたらとても書ききれないので、私の心に最も強く残ったものだけを記します。

シンプルなセットで想像が広がる

セットはいたってシンプル。背景は最後まで変わらない。椅子とテーブルと、キャストの動き、照明だけで場面場面を見せていく。
ニューファンドランド島の壮大で美しい風景をセットや映像で見せる演出もありえただろうけれど、敢えてそれをしないのは、観客がそれぞれの体験に寄せて、想像を広げて風景を思い描けるようにしていたのではないかと思う。

美しい自然に恵まれたこの島だから、そこで暮らす人々の心も美しかった、という話ではないのだ。
演出のクリストファー・アシュリーさんは「人間だけにフォーカスを絞りたかった」と仰っている(公演プログラム掲載のインタビューより)。
これは、「とある国のとある町で起こった感動的なお話」なのではなくて、どこにでも、誰にでも、起こり得ること。
そう、「お前さんだって同じことをしただろう」なのだ。

安蘭けいさん

瞳子さんの、表情豊かなお芝居、やっぱり大好き。
顔の表情はもとより、瞳の奥にも、歌声にもたたずまいにも表情がある。
Stop the World のシーン、瞳子さんの瞳の輝きとともに眼の前に景色が広がって見えて、心が震えた。
椅子の背もたれを展望台の手すりに見立て、二人の動きに合わせて盆が回るという(そして盆の動きに合わせて他のキャストが椅子を移動させていく)、演劇的にもとても美しく、心に残るシーンだった。
ニック(石川禅さん)とダイアン(瞳子さん)の二人の心と関係性が変化していく様子が愛おしかった。


Prayer(祈り)

浦井健治さん演じるケビンが歌う賛美歌に始まり、キリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教… 異なる宗教の祈りの旋律が重なり、本当に美しいハーモニーとなっていて、鳥肌が立つほど感動した。
12人しかいないとは思えないほど重奏的に歌声が響きわたり、祈りの空間に包まれている感覚だった。

日生劇場 客席

ご本人登場のインタビュー

作中のモデルとなったご本人へのインタビューがホリプロのYoutubeにアップされている。
皆さん本当に素敵なのでぜひたくさんの方に見ていただきたい。
町の人達は島の暮らしに誇りを持っているのがよくわかる。けれど自分たちのしたことは何も特別なことではない、と語ってくれています。


本物のダイアンとニック、それにダイアンを演じたSharon Wheatleyさんが一緒にドーバーフォールトを訪れている動画も見つけてしまった。素敵な笑顔。


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