過去との遭遇・1・彼の声
だいたい、なんで新幹線なんか乗らなきゃいけないわけ?
重たいキャリーバッグを引きずりながら、座席を探す。
わたしの地元は田舎だから空港なんてない。
飛行機に乗ったところで、帰れない。
だいたい、帰りたいわけじゃないし。
同窓会のハガキは、だいぶ前に実家に届いていたという。
だけど、わたしの元にそのハガキが届いたのは3日前。
偶然仕事が休みだったから。
別に、参加したいわけじゃないけど。
やっとのことで、席を見つけた。
キャリーバッグは棚に乗せて、ふうっと息を吐きだした。
地元なんて嫌いだ。
コンビニとは名前ばかりで、昔から商店やってたおじさんとおばさんがお店をコンビニにしただけ。
コンビニっていっても、24時間営業じゃないし。
野菜とか並んじゃってるし。
幼稚園も小学校も中学校も、ずっと同じ顔触れでなんの変化もない。
おねしょして、スカートめくりしてたバカばっかりで、恋する気にもならなかった。
だから、ものすごく勉強をがんばった。
高校は絶対に地元からは離れたかった。
近所のおばちゃんのやってるお店や、スーパーの衣料コーナーで買った服を着るもの絶対に嫌だった。
お小遣いをためて、ファッション誌を読みあさった。
欲しい服は高くて買えないから、似てるのを探してって、年の離れたお姉ちゃんに頼んで帰省のたびに買ってきてもらった。
そういう、しなくてもいい努力をしなきゃいけない毎日から、本当に抜け出したいって思っていた。
だって、街に住んでいる子たちは、安くてかわいい服が当たり前に買える。
好きなお店に行って、かわいい雑貨を買ったり、最新のファッションだって楽しめる。
コンビニは24時間営業が普通で、新しい出会いだってたくさんある。
生まれたときから、いや、親もその親も、その親の親の親からずっと形成されているコミュニティの中で縛られる必要なんてないんだ。
どれだけ勉強ができたって、女なんだから。
そんなくだらない理由で、高校も地元の学校にしか行かせてもらえなかった。
もちろん、「女なんだから」って理由で、進学だってさせてもらえなかった。
だから、わたしは街に就職したんだ。
それでも、田舎の呪いからは、すぐには解放されなかった。
生活のギャップはもちろんだけど、当たり前が当たり前じゃない。
それに、わたし。
恋したことがない。
かわいくてきれいな服に囲まれたくて、服を販売する仕事に就いたけれど、女の子ばかりの職場では恋バナが必須だ。
今現在じゃなくても、過去の彼氏の話や、告白された話。
毎日毎日話しても尽きない会話に、どれほど悩まされただろう。
おしゃれしたくてたまらなかったはずなのに、流行や新作がひっきりなしに入荷して、なにがかわいいのか、よくわからなくなってしまった。
ふーっと長い息を吐きだして、窓の外を見る。
「すっごくおしゃれだよね」
「こんな田舎なのに、どうしておしゃれなの?」
「勉強もスポーツも、いちばんだよね!」
そうやって、ちやほやされていた。
それが、当然だと思っていた。
だけど。
現実は、きびしい。
わたしが一番田舎を嫌っていたはずなのに、わたしが一番田舎に助けられていたなんて、そんなことを思いたくない。
それに、そのまま地元にいる子たちとは、わたしは違う。
そのために、同窓会に参加するんだから。
「隣いいですか」
声をかけられて、ふと視線を上げると、キレイな顔立ちの男の子が立っていた。
「あ、はい。」
2人用の席なのに、わたしはひじかけを占領するだけじゃなくて、足もそっちへはみ出していたようだ。
最低限のマナーまで忘れてしまうなんて、ほんと、ダメだ。
それに。
チラリと盗み見たその男の子は、横から見てもとても整っていて、ドキリとしてしまった。
そういえば、中学のときに転校してきた男の子がいたなぁ。
ぼんやりと、昔のことを思い出した。
その子は、お母さんが離婚してお母さんの実家に帰ってきたって噂で聞いた。
今は離婚なんてめずらしくないけれど、当時の田舎ではショッキングな出来事だった。
それに、お母さんもその子も、とてもキレイで整った顔をしていて、噂話が日に日にエスカレートしていることは、子どもながらに気づいていた。
田舎独特の雰囲気や、簡単によそ者を受け入れないことを、きっと敏感に察知していたんだと今なら思う。
彼は、いつも静かに本を読んでいた。
本にはきっちりカバーがかけられていて、タイトルはわからなかった。
わたしも、本を読むのは好きだった。
テレビは居間に一台しかなくて、噂話は田舎のゴシップばかりじゃつまらなくて仕方なくて、よく本を読んでいた。
だから、彼がなにを読んでいるのかとても興味があった。
でも。
彼に話かけたら、どんな噂を立てられるかわからなくて、自分から話しかけることはなかった。
あれは、夏休みが始まる少し前。
図書室で、彼と出くわした。
夏休み中に読む本を探していたけれど、あれもこれも読んでしまってどうしようかと悩んでいた。
「それ…。」
初めて聞いた、彼の声。
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