「竜胆〜」Vol.3【マクガフィンの失敗】
プロの作家に文章指南を受けている。前回までの流れは下記、
前回のVol.2の内容は下記。
今回Vol.3その「準備段階の原稿」です。
前回の内容は記事なのですが、授業の最後、美樹香月先生に、
「じゃあ、次回は、その「竜胆」の物語をマクガフィンを使って書いてきてくれよ」
「え、この「竜胆」をマクガフィンで仕上げるんですか? 」
「プロならできるよ、簡単に」
ま、プロはできるのだろう。アンタなら簡単に。www
ということで、次回のお題は「マクガフィン」。
その提出原稿を書いていました。
❶物語を時間軸に沿って書く。それ自体で無駄な重複がほとんど削除できる。
今回の「竜胆」の「ランタンのスイッチャー(回顧の挿入)」は別として、例えば、書き手の視点、主人公の焼汰の動き、会話、円の動き、会話、風景、時間(作中での時計などの配置)、陽の傾き、主人公の感情の変遷、これらは「竜胆の予約席」という物語のなかで順を追って書く。
上記の法則を守るだけで、初稿とはまったく別の(人が書いたような)作品
になってしまった。
❷テクニカルの問題。計画性のない物語の膨らみ。
初稿には登場しない猫が登場してきてしまっている。この猫を生かせる技術であれば、一向に構わない。だがプロットにストーリーラインで生かせないのなら、まだ技術がない。じぶんのアイデアを活かせぬ文章技倆なんだなと自覚すべし。素人が収拾がつかなくなる原因である。
❸万が一、マクガフィン(望んだ結果)ができなくとも、執筆でじぶんをギリギリまで追い込むと何かしらのアイデアは、でる。
これは、個人的にはデカイ収穫だ。さすがに最後の方は諦めようかと思った。結局はプロの作劇術の【マクガフィン】をぼくはつかむことはできなかった。だが、小説の中身、表題までがガラリと変わってしまうような、ラストの四分の一をぜんぶ削って、大きなモノ(ラスト、焼汰と円の本性と関係)を掘り当てることができた。
それが頭に出てきたときは、それまで風邪気味だったのだが、からだじゅうが賦活して、ほんの一瞬、全能感を感じることができた。ドーパミンだかアドレナリンだか知らないが。
これが執筆だよね! 本当にワクワクした徹夜の8時間だった。
マクガフィンは獲得できなかったが、現在の、ぼくの精一杯の物語を書いた。よかったらお読みください。
- - - - - - - - -(Vol.4提出分の文章)- - - - - - - - -
竜胆の予約席(2022/01/03/Mon_07:45)
京都の北区大徳寺裏の路地裏の、古くさい町家づくりのならびのひとつに小さな珈琲店があった。のれんに「粉屋」とかいあるだけで、観光客が通りすぎてしまうほどの間口しかない。粉屋は地元の常連客しか訪ねてこないような小ぶりな店構えだ。
昼過ぎ。
のれんに手をかけた焼汰は、曇りガラスのドア脇の煤で黒ずんだようなふるい柱に、日曜大工で雑に付けられたような歪なランタンに目を留める。
赤胴色したランタンは、いまは昼なので明かりはついていない。
京都の裏路地の小さな店にはあまりにも不釣りあいな、赤い銅製の大きなランタンをみて焼汰は、初めてこの店を訪れた日のことを思いだした。
女店主は粉屋にくる客の質がどうの、客の態度がどうの、仕事がわりに合わないのと愚痴をこぼしているようだった。焼汰は顔をあげる。愚痴をつづける女店主の瞳に、さざ波のような軽蔑が浮かぶのを見逃さなかった。
「この店はきみの城だろ! 好きにすりゃあいいじゃねえか! テメエのそんなクソみてえな愚痴なんかだれも聞きたかねえんだよ! 」
椅子から立ちあがった焼汰は地響きがするほど怒鳴りつけていた。空気が固まった。周りをみるとランチどきの満席だった。
その日の夜、円は焼汰の部屋を訪れた。
粉屋から歩いて一分のアパートの二階に焼汰の部屋がある。円が訪ねてきたのは深夜十一時を回る頃だった。
焼汰は部屋に円を招き入れた息を飲んだ。素肌に目の粗い青いだぶだぶの円の鎖骨が見えるカーディガンをはおって、うつむいてなにか言いたげな、甘えるような円のふらふらと立つ姿に、カーディガンが切れて、太ももと交わるあたりに向き合っている、自分の堅くなった肉体が、ますます熱く太くなっていく。じぶんを抑えきれそうになかった。
円がどうして焼汰を訪ねてきたのか、いまだに分からない。夜明けに円は焼汰の部屋から帰っていくそんな生活が半年つづいている。いつか聞こうと思いながら、いまでは焼汰は毎晩のように訪ねてくる円を拒む理由をいまだみつけられないでいた。
「ショウちゃん、仕事中はこないでね。わたしだってがんばっているんだから」
焼汰は、曇りガラスが張られた重たいドアについた、緑青を吹いた錆びた真鍮のドアノブを掴んだ。緑青が、青くふいている。
重たい真鍮のドアノブを押しながら焼汰は掲げてある手書きのランチメニューのボードをはずした。
カラン。音が鳴った。
ドアベルが、焼汰の来客をしらせた。
「いらっしゃいませ」
聴き覚えのある舌足らずの女店主の声がした。円の返事だった。
ドアは重くしずかに閉まったのにドアベルは店内に鳴りつづけた。ランチタイムが終わった店はしずかだった。
焼汰はドアから外してきた、手書きのメニューボードを、円に掲げて見せる。それからレジのキーボードのうえに裏返しに伏せた。
「ありがとう」
卓から食器をさげた円は、カウンターへ潜って、また洗い物をつづけた。
「もう終わりだろ」
焼汰は、まだかすかにドアベルが鳴り響くなか、レジの前に立ったまま洗い物をつづける円の青い静脈が浮いた白い手を眺めていた。カチャカチャと食器を洗う音が聴こえる。円の、腕の先に伸びる、五本指の意思をもった白い海星が、くねくねと食器の泡のなかでもがいている。
「そ、もうこんな時間だもの、なにそんなところに、つったってるのよ」
円は顎をしゃくって焼汰を店内に迎えいれる。下手くそな営業スマイルいっぱいの元気な顔でランチタイムは三時までよといった。時計は三時四十五分を示していた。じゃあ、なんで外のメニューボードはまだ掛かっていたんだ? といいかけたが、やめた。
円は、泡のついた手のままステレオのスイッチを入れた。
店内にハービーハンコックの「処女航海」が静かにながれる。
焼汰は、店が休み日にやってきていつも座る窓際の席をみやった。見知らぬ黒いスーツ姿の男が新聞を広げて座っていた。じっと動かない様子は、彫刻のようにみえた。
窓際の格子窓からは、秋のオレンジ色の日差しが、男を照らしている。
奥のカウンターから円が顔をだした。ほらショウちゃんの席はこっち。と合図する。
「コーヒーくれよ」
焼汰は止まり木の席に腰をおろして、うなぎの寝床になっている店内を、ぐるり、みまわしてみる。
店が、ひと月前と違っていた。巨大な空洞の生き物のように感じた。半年前からみればさらに変わっていた。円と出会った半年前はレジ横に業務用焙煎機はなかった。「粉屋」はいまでは自家製焙煎豆を全国へネット販売するまでになっていた。焼汰の左手の壁には壁龕ができ、隣の長屋に接する壁面にミニサボテンやミニ盆栽や文庫本が立てかけられ、町屋造りの白壁をキャンバスに、地元の美大生のモダンな絵が描かれてある。右手には大きな炭を塗ったように照った大黒柱があって背の高い棚に名盤ジャズのレコードが立てかけてあった。
「いつものね」
カウンターに座る焼汰はいつもと違う居心地の悪さを覚えるがここからなら見知らぬ黒いスーツ姿の男をよく観察できると思って我慢した。
「また、どうしたんだい今日は、まさか小料理屋でも始める気かい? 」
今日の円はなぜか割烹着を着ていて焼汰はそれをからかった。
「賭けに負けたのよ」
焼汰はそれ以上、口を挟むのをやめた。
円は、十字の蛇口をひねって水を止め洗い桶にたまった水がシンクにながす。水は排水溝の穴へうずを巻いて消えた。
食器を洗いおえた円はぬれた両手をふって水を弾いた。焼汰は、円の瞬く間に掌から水分が蒸発して渇いていく。円の手が、カサカサに、醜い老いた猿の手のようにみえる。円は表と裏を割烹着でぬぐった。あか切れだらけの手のひらの皮が畝ってもりあがった血管が青い蜘蛛の巣のように浮きでている。
「堂に入ってきた」
焼汰が円の仕事が慣れたしぐさをほめると、円はウィンクをしてみせた。
焼汰が午後の光が射しこむ格子窓をみやると、やわらかな光が、窓際のテーブルを温めているのがみえた。それから、遠くから盛りのついた雄猫の鳴き声がきこえてきた。路に出してある金魚の甕を狙っているのだろうか。焼汰は目蓋をとじる。焼汰は禅寺の僧侶が瞑想に落ちるように耳をふかく峙てた。奇妙な猫の鳴き声だった。確かに、黒いスーツ姿の男が座る窓際の席から聴こえてくる。狼が遠くの仲間を呼んでいるような鳴き声に聴こえる。一瞬、新聞紙をめくる音がきこえた。
「玉子を、探しているの? 」
皿をふき、カップを後ろの棚にならべながら円はいった。クリームでもつけろよ。円の荒れた手を見た焼汰は喉まででかかったがなにもいわなかった。玉子は、円が三年前の夏に粉屋の軒先で拾った三毛で、いまでは粉屋の看板猫である。
「ん、ああ、どうしているかな玉子くんは、店にいるのかい」
焼汰は円に話をあわせた。
「ほら、あそこ。またふとったみたい」
鼻先でレジのうえをしゃくった。
黒く光る大黒柱に寄りかかるようにレジの脇にあるひな壇にみえる背の高い棚、そこには手製の玉の腕輪や数珠や個人詩集の冊子がならべられている。玉子は、その棚の一番うえで丸くなっていた。
丸々とふとった玉子は歳もだいぶ重ねていて、のろのろとうごく。目をつぶったまま丸めた手をなめ、大きな欠伸をし、風船のようにふくらんでまた眠った。
柱時計をみると三時五十分になっていた。
格子窓の席で、黒いスーツ姿の男はまだ新聞をよんでいた。
こんな時間までねばる中年の男が、焼汰は気になった。
焼汰は、下手な役者がよくやるような大きな欠伸のマネをして両腕をのばした。それからゆっくりと窓ぎわの席に目をむけた。
そこは一見は座れない予約席のはずだ。四隅に淡い竜胆が刺繍された卓布が敷かれ、これも竜胆をあしらったソーサーとカップが陽をあびる、誕生日や入学祝い、ポロポーズで使われる祝いのための席だ。格子から差しこむ昼の光が長く鋭利に伸びてきていた。
午後の昼の光は、路に面した壁際の、新聞をよんだまま銅像のように固まってすわる男の肩に、襷となって貼りついていた。
ぽこぽことサイフォン容器が沸騰している。
「おれたちも、かけ、しようか」
座りなおした焼汰はいってみた。じぶんでも説明のつかぬ衝動だった。
「かけ? でなにをかけるのよ」
円はまぶたを、二度、瞬かせた。
「なんでもいいよ。大事なものじゃなくてさ」
音楽かけてくれないか。焼汰がそういうと円は「いつものしかないけど」といって玉子が寝ている棚に手をのばしてとったレコードをかけた。小さいボリュームで古いジャズがながれだした。
「ちょっと意味がわかんないな。大事じゃないものをかけるかけって… 」
焼汰は椅子をくるりとさせカウンターに折った両肘をついて周りを見渡した。横目でまた窓ぎわの男をみる。
レジ横の電話が鳴った。黒電話だった。
「ちょっと待てる? 」
円は、焼汰の反応をまたずにバーナーの火を止めた。
「待てるけど」
がなりたてる電話の横の棚で寝ていた玉子が起きあがった。
突然、焼汰にするどい怒りがこみあがる。
「そんなもん待たせとけよ、どっちが客だよ! 」
いわなかった。焼汰に湧いた暴力を嗅ぎつけたのか玉子は棚からとびおり、陽があたる背広男の向かいの椅子あがってまた丸くなった。
「ごめんね、待たせちゃって、火つけ直すね」
円の笑みをみて焼汰は無性に腹が立った。とことん壊れるまで、虐めてやりたくなった。
「いいよ。円の店だろ。好きにやればいいよ」
円は急におし黙った。
二人の間に重い時間が横たわった。
カラン。
焼汰が振り向くと黒いスーツ姿の男は席にはいなかった。円がお盆をもってカップを下げにいった。
突然、焼汰にからだが燃えるような暴力が湧きあがった。
店内はだれもいなかった。カップと千円札が挟まった伝票を盆にのせて戻ってきた円を焼汰は勢いよく押し倒し、脱がせはじめた。円はまるで軽業師に操られる藁人形のようだった。
「最初から、そういう風に扱えばよかったのに」
円は西日があたる竜胆のテーブルに上半身を投げだされたままへらへらと笑っていた。焼汰が突きあげるたびに小ぶりな乳房が揺れた。円は冷たい肉の塊になったまま天井を見つめていた。なぜ小説がかけないのか、円に見透かされているようで、中折れするばかりだった。
「終わった? はやく出してよ。夜なら、あなたの部屋なら、ちゃんと勃つのにね」
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