小説 花の意志 第2話 b. 侵食
わたしは、お姉ちゃんを追うのをやめ、ひとりで暮らし始めた。
いくら大事なお姉ちゃんとはいえ、下界まで捜しに行くことはできなかった。
それは、ミイラ取りがミイラになるような話だったから。
だけど、わたしの心の中には常に罪悪感が残っていた。
1年後、都市部に近い街でお姉ちゃんが発見されたという話を館長から聞いた。
ただその姿は、もはや治療不可能なほど花に侵食され、異形と化しているという。こうなると、人としては死んだものとみなされていた。
その上で、会いに行くかと館長に聞かれた。
わたしは、自分の罪と向き合うため、行くことを決意した。
その街は花の侵食が進み、多くの人が街から出ていた。そのため、殆どの建物が廃墟と化していた。その一角に、お姉ちゃんは咲いていた。
久しぶりに見たお姉ちゃんは――背丈は3m ほどに伸び上がり、左手を高く上げて空を仰いだ格好で、彫像のように静止していた。
長い髪は風に靡き、顔や腕には白い砂がこびり付いて乾燥している。
左手の手首からは、傘のように大きな花が咲いていた。その花は中心部が赤く、先の方へいくにつれて黒へと変化している。血の色の花だと思った。
そして――下の方へ行くにつれて、人間らしい姿は無くなっていた。
下腹部が昆虫の腹のように大きく黒く膨れ上がり、その腹に、黒くて太い蔓が幾重にも絡み付いていた。
そこに人間の脚はなく、蔓が腹の下で絡み合って地面まで伸びたあと、四方八方に分かれて地面にめり込んでいた。これが根なのだろう。
黒い腹と根がまるで、蜘蛛の腹と脚のようにも見えた。
グロテスクな姿であるにも関わらず、何故か少しの美しさを感じた。
風に靡くばかりで自分からは一切動くことが無い、動物とは違う静けさが、そう思わせたのかも知れなかった。
暫くの間、無心になって見ていると、その場に居た迷彩服の男性に話しかけられた。救助隊なのだそうだ。
そして、火葬についての説明を受けた。
地面に根を張り、手遅れになってしまった人は、この場で火葬する事になっているのだと言う。
手遅れ――人としては死んでいる――
覚悟はして此処に来たつもりだったが、実際にお姉ちゃんの顔を目の当たりにすると、これを燃やすのは胸が潰れるほどに辛い事だった。
しかし、花は駆除しなければまた種を撒き散らし、人に寄生することになる。それは勿論、看過できるものではない。
わたしは涙を呑んで、火葬を了承した。
いや、本当は了承しなくとも、何かと説得して最終的には燃やした筈だから、形式的なものだろう……。
お姉ちゃんの根元に火がくべられた。
根元から徐々に炎が伝い、お姉ちゃんの肌を、髪を赤黒く焼いてゆく。
それはまるで火刑のようにも見えた。
人が焼け爛れる、その様を見るに堪えなくなって目を反らした瞬間、頭の後ろから、わたしに語りかける声が聞こえた。
それは老若男女、様々な声が入り交じり、聞き取りづらい奇妙な声だった。
――植物には意志が無いと思い込み、身勝手に殺しては自己満足する。人間は他者を殺し、虐げなければ満足に生きられない生き物なんだよ、サナ――
お姉ちゃん――?
思わず後ろを振り向くが、誰も居ない。
お姉ちゃんとは似ても似つかない声だったけれど、その話し方はまるでお姉ちゃんのようだった。
再びお姉ちゃんの方を見る。しかしお姉ちゃんは、目を反らす前と同じ姿で燃やされていた。
お姉ちゃんは今の世の中に失望していた。もしかして、望んで花になったのだとしたら――
わたしはお姉ちゃんの言葉を思い返しながら、空へ向かって燃え盛る炎を、ただただ見上げていた。
-- END --