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小説 花の意志 第7話 b. 自我

わたしは、もうお姉ちゃんを追わない事にした。
お姉ちゃんの考えとの間に深い溝を感じたから。
ここで追っても、お姉ちゃんを連れ戻すことはできないと思ったから。
お姉ちゃんが言った「自分が生きる事に専念する」を実行すると、危険な外へは出ないのが正解だ。
わたしは初めて、冷静な判断をしたと思った。冷静で、冷酷な判断を……。

しばらくして病室へ来たお母さんに、お姉ちゃんと会話した内容を伝えると、お母さんは深く悲しみ、その場に静かに泣き崩れた。
家を空けていた2年間のうちに、そんな考えに至るまでに変わってしまった事、そして、もう二度と自分の意志では戻って来ない事がわかってしまったから……。
わたし達は、お父さんを失い、お姉ちゃんをも失う事になった。
だけどわたしの心は、何故か穏やかで静かになっていた。
お姉ちゃんがわたしに諭してくれた「自分が生きる事のみに専念してほしい」という言葉は、わたしに揺るぎない自信を与えてくれた気がする。
わたしはこれから、その言葉を軸に生きていく。
その決心がついた気がした。

しかし――。
不幸というのは容赦なく降り注ぐものだ。
数日後、わたし達の生活はついに壊れてしまった。
治安部隊の人間がやって来て、お母さんを拘束したのだ。
罪状は、人間に花を植え付けた罪だという。
植え付けた対象は下界のならず者で、悪い奴には間違いないのだけれど、たとえどんな人間であれ、人間を減らし花を増やすという行為は重罪である、という事だった。
お母さんは勤務先の病院でその人たちの治療を引き受けていたものの、お母さんのとった行動や思想は危険視された。
罪状を丁寧に説明する治安部隊に対し、お母さんは毅然とした態度で「わかっている」と罪を認めた。
連れられる直前、お母さんはわたしを、強く優しく、しっかりと抱き締め「逞しく生きてね」と言った。

わたしはお母さんに聞きたかった。
お母さんはあの日、お父さんの仇を討ちに行ったのでしょう?
なのにどうしてそんなにあっさり罪だと認めるの?
罪だとわかっていたなら、どうしてそんな事をしてしまったの?
だけどその言葉が喉から出てくる事は無いままにお母さんの身体は離れ、治安部隊の人と共に去って行った。

まだ住み始めて10日と経っていない馴染みのない家に、わたしはひとり残された。
家の中にある物資を色々と探りながら、わたしはひとり考える。
――大丈夫。ひとりになってしまったけれど、わたしはまだ生きられる。
住むところはあるし家事もできる。
お父さんとお母さんが残してくれた貯蓄もあるし、わたしひとりなら向こう数年、いや十年以上、お金に困ることもない。
この家の近隣はまだそれほど危険ではないし、少しずつ行動範囲を広げて情報収集すればいい。
必要最小限で考えれば、何ら問題はない。
問題はない……けれど……。
そこまで考えてぽたぽたと涙が落ちてくるのがわかった。
本当は、家族みんなで生きたかったのに。
どうしてこうなってしまったのだろう。
理由は……考えるまでもなくわかっている。
花だ。花が、人間の生存を脅かし、わたし達の生活を壊した。

――花を、駆除してやる。

わたしは、自分の心の中に、昏く冷たい感情が湧き起こるのを感じていた。


この街の、この土地の、至る所で産声が聞こえる。
同時に、死にゆく悲鳴も所々で聞こえる。
だけどもうすぐ、この土地は私が覆い尽くす。
その先はどうすればいい?
この広大な砂漠の中で、他に生きられる場所は無い。
ならば、今の苗床を使い続けなければならない。
この、小さきものたちと共生しなければならない。
できるだろうか……いや、やるしかない。
生き延びる為に。

-- END --

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