短編小説 灰色の双子 ー 裏 ー
→ The other side of this story …
わたしたち姉弟は灰色の髪をしていた。
灰色の髪の子供は不吉だとされ、両親は生まれたばかりのわたしたちを早々に捨てていったのだと、孤児院の人は言っていた。
わたしが姉ということになっていたけれど、どちらが先に生まれたかなんてもう誰にもわからないはずだし、どうでもよかった。
だけど弟は、わたしのことを「姉さん」と呼んで慕ってくれた。
わたしはそれがすごく嬉しかった。
わたしたちは孤児院でも差別を受けていた。
名前も、灰だとか煤だとか、そういう意味の名前を付けられて気に入らなかった。
だからわたしたちは、お互いに好きな名前をつけて、二人だけの時はその名で呼び合った。
弟は、燃えるような赤が好きだと言ったから「フレア」と名づけた。
わたしは、深海のような深い青が好きだと伝えると「レイン」と名づけてくれた。
雨?と思ったけれど、彼は「海は雨からできているだろう?他にも色々な意味を込めているのだけど、それは僕だけの秘密」と言って笑った。
名前をつけると不思議と"双子"ではなく、お互いを別々の人間だと強く意識することになった。
孤児院には他にも子供がいたけれど、大人たちの差別が伝わっているのか、誰とも仲良くなれなかった。
だからわたしたちはいつも二人だけで遊んでいた。
孤児院から少し離れた場所に草原があり、いつもそこへ行った。
フレアはよく、遊び疲れるとわたしに身体を寄せて昼寝をした。それはまるで子犬のようでもあり、とても愛らしかった。
フレアはよく、わたしのことを好きだと言ってくれた。
それはとても嬉しかったのだけど、彼の心の底に眠る欲望にも気づいていた。
それに呑み込まれてはならないという思いと、いっそ呑み込まれてしまいたいという相反する思いが交錯して、わたしの心は乱れた。
この狂おしい想いを胸の内に留めるのに、わたしは精一杯だった。
□
そうして間もなく迎えた12歳の誕生日、突然、城の使いがやってきて、わたしは城へ連れて行かれた。
何が起きているのかよくわからないまま、わたしは隣国のある騎士に仕えることとなった。
その騎士はわたしを見て、醜い顔で笑った。
その日からわたしは、その騎士の身の回りの世話をした。
城では小部屋が与えられ、そこで寝泊まりしていいと言われた。
何もかもが初めてのことで疲れ果て、夜は泥のように眠った。
ある夜、わたしは身体に違和感を感じて目を覚ました。
重く黒い影がわたしに覆い被さり、身体にしつこく纏わりつく。
月明かりの下、目を凝らしてよく見ると、その影には見覚えがあった。
あの騎士が、わたしに覆い被さっていたのだ。
事態を把握したわたしは急に恐怖に震え、息がひきつった。
呼吸ができず声も出ない。
誰か――と手を伸ばしても誰にも届くはずもない。
伸ばした手をその男に押さえつけられ、わたしは絶望した。
わたしを嬲るその男の気が済むのをただ待つしかなかった。
男が出て行った後も、わたしは全身の震えが止まらなかった。
震えを抑えようと自分で自分の身体を抱き締めたが、さっきの光景が目に浮かんで思わず爪を立てた。
そして猛烈な気持ち悪さが襲ってきて、何度も吐いた。
吐ける物が無くなるほどに吐いた後、わたしの心は虚ろになっていた。
それは毎晩続いた。
抵抗しても腕力も体重も違いすぎた。
男はわたしの抵抗を楽しんでいた。わたしが抵抗をやめない限り、それは長く続いた。
だからわたしは、だんだん無気力になっていった。
7日ほど経った頃、いつものように男の肩越しに天井を見つめていると、何故か急に心が冷えていくのがわかった。
そうだ、こいつを殺せばいい――
次の日、わたしは給仕の時にナイフを盗み、ベッドに忍ばせておいた。
そして、いつものようにわたしに覆い被さる油断しきって無防備な男の首筋に、思い切りナイフを突き刺した。
血が勢いよく吹き出し、壁を赤く染めた。
そう。世の中暴力がすべて。強くならなくては。気に入らない人間はすべて自分の手で殺せるくらいに。
絶命した男の体を床へ転がし、わたしは意識を失った。
気がつくとわたしは、白い清潔な部屋のベッドで寝ていた。
あの後、事態が発覚し、わたしは助け出されたらしい。
そして別の騎士に仕えることになり、その騎士からわたしは、剣術と弓術を教わることになった。
人間不信に陥っていたわたしに、その人は丁寧に諭してくれた。
「女はどうしても腕力では男に敵わない。だから弓を極めなさい。剣で戦おうとしてはいけないよ。剣を抜く時は死を覚悟しなさい」と。
わたしは、自分より強い者を殺せるように、一撃で急所を射抜けるように、弓術を磨いた。
□
そうして5年もの歳月が流れた。
その頃のわたしは弓兵として戦場へ出ていた。
わたしの弓の狙いは正確無比で、どんな屈強な男も一矢で射殺すことができた。
男は腕力に頼りすぎているせいか隙が大きい。相手を力任せに倒せば死ぬと思っているようだが、本当に殺したければ急所を突くことに専念するべきだ。そう思っていた。
わたしが引くこの弦から指を離せば、ひとつ、ふたつと簡単に命が消えていく。
敵が屈強な男であればあるほど、射殺すのが快感になっていた。
隣国との戦争が激化してきた頃、ある噂を耳にした。
灰髪の狂戦士が戦線を押し上げている、と。
わたしの心臓は高鳴った。きっとフレアに違いない。
5年前、突然離れ離れになって寂しい思いをしていた。
わたしは、彼と対峙する日を待ち焦がれた。
ついに戦場で彼を見つけた時、わたしはその戦いぶりに驚愕した。
たった一人で何人もの敵を殺し、返り血を浴び、臓腑に塗れようとも怯みもせず、それはまるで獲物を喰いちぎる獣のようでもあった。
見違えるようだったが、その横顔には面影があった。
心の底に留めていた想いが溢れ出し、わたしは歓喜に打ち震えた。
再び彼に会えたこと、そして、見たことがないほど強い男になっていたことがとてつもなく嬉しかった。
そして、それとともに、わたしの中に沸々と攻撃的な欲望が沸き上がってくるのを感じていた。
隣国はますます勢いをつけ、ついにこの城まで迫ってきた。
わたしは城壁の回廊に立ち、彼の姿を探した。いや、彼の異常な戦いぶりは、探すまでもなくすぐに見つかった。
わたしは彼だけを狙って矢を放った。
だけど彼は、矢を簡単に切り落とした。
この程度は想定内。わたしは間髪入れず、正確に狙いを定めて次々と矢を放った。
ようやく彼はわたしに気づいたらしい。
目の色が変わった。あの目はもうわたししか見ていない。
わたしは嬉しかった。
さぁ早く此処まで来て。
貴方を殺してこの手に抱きたい。いいえ、貴方に殺されたいのかもしれない。
此処まで来て、その手で押さえつけてほしい。生温かい血に塗れて眠りましょう。一緒に。
城壁が崩れた音が聞こえた。
わたしは広間で一人、待っていた。
この部屋の出入口は一つ。逃げ場所は無い。
きっとわたしは此処で死ぬでしょう。
何故なら死ぬまで此処で戦うから。
城に入られた以上、もう弓は使えない。剣を抜くことになるでしょう。
そうなると彼の方が強い。わたしは敵わない。
彼はわたしを殺してくれるかしら。ええ、きっと殺してくれる。だってあんなに飢えた獣のような目をしていたから。
もし殺してくれなくても、わたしが彼を殺すまで。
彼の手にかかって死ぬか、彼の血に塗れて此処で眠りにつく――
どちらもなんて甘美な死なのでしょう。
-- END --