掌編小説 誘引の檻
(小説 花の意志 第4話 a. 狂愛 番外編 として創作)
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2年ぶりの再会だった。
町外れの廃墟。今の私の住処で。
相変わらずの癖のある長い前髪と、そして右手には、私の腕を斬り落としたあの白い太刀。
その姿を見た時、息が止まる程の恐怖と、胸が詰まる程の歓喜と、そして死を直感した。
私が自由に生きる為には此処で彼を殺さなければならない。だから銃口を向けた。だけど彼は、心から再会を喜んでいるような屈託のない笑顔で私を見つめ、かつての非を詫びた。
「君には本当に申し訳ない事をした。もう二度と過ちは犯さないから、どうか戻ってきてほしい」
そう言って彼は、左手を差し伸べた。
澄んだ目で謝りながら、その右手にはあの太刀が握られている。その矛盾をどう受け止めて良いのかわからず、引き金を引くことも出来ずに、気づけばただ後退りをしていた。
この時点で私の未来は決まってしまったのだ。彼から逃れることはできないと。
ルカは優秀だった。私の異変を察知して、私を彼から引き離してくれた。
あの後、どうなったのだろう。まさか彼が殺すなんて事はないだろうけれども。
実際に私を連れ出してくれた少女はまだ何も知らない、真っ白な子だった。下界で男に殺されそうになっていたのを助けたばかりの――。
何故か……出会ってまだ間もない彼女に、彼との間に起きた事を話していた。
彼の足音が近づいて来るのがわかったからかも知れない。
私は話をしながら、彼があの夜言った言葉を思い返していた。今でも鮮明に思い出せる、恐ろしくも心地よい言葉の数々を。
私はもう、連れ戻されるつもりになっていた。
彼も足音ぐらい消せるだろうにそれをしないのは、私の意志を確かめているのだろう。
ついに彼の気配を背後に感じた。
私は静かに息を止め、目を閉じた。
前髪に何かが触れる感触で目を覚ますと、懐かしい家の匂いがした。
背中には硬く冷たい壁の感触がある。部屋の壁際に座らされているようだ。
そして彼が、何か呟いているのが聞こえる。あぁ、詫びの言葉か……。
「もう二度と、君を傷つけたりしないから……」
目を開けると、お互いの前髪が触れる程近くに彼がいて、一筋の涙を流していた。しかしその唇は私の下唇に噛みつこうとしている。
私は咄嗟に義手の左手で、彼の首根を押さえて言った。
「今の言葉は本当?」
この義手はいざとなれば、男の人の首でも片手で絞め上げる程の力を持っている。そのように造ってもらったのだ。
彼は、私が目を覚ました事に少し驚いた様子だったが、そのまま真っ直ぐに私の目を見据え、本当だと言った。
首根を押さえつけているにもかかわらず、彼はなおも私により近づこうとする。
彼を傷つけるつもりのない私は根負けし、受け入れてしまった。
砂の味がする。お互い、下界の砂に塗れていたから……。
彼は言う。
「君はもう何もしなくていい。生きるために他者を殺す必要もない。僕がずっと、この家で護ってあげるから」
そう言って貴方は私をこの家に閉じ込める。
いずれきっと、左手の義手も剥がされ、両脚も斬り落とされることになるだろう。この家から出られなくする為に。
私を真っ直ぐに見つめるその目は、私を見ているようでいて実はその奥、脳を見ているのかも知れない。だって心臓の裏まで喰らい尽くしたいと言った貴方の事だから。
どうして私はいつも、自分が傷つくとわかっていながら彼を受け入れてしまうのだろうか。
幾ら考えても答えの出ないこの問いに苦悶しながら、気がついたら私は死んでいるのだろう。
あぁ、甘美で絶望に満ちた生活が始まる。
-- END --