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小説 花の意志 第5話 私刑

2日後、わたし達は合同葬儀に参列した。他にも数名の隊員が亡くなっていた。
上半身は原形を留めていないからと言われ、わたし達はお父さんの顔を見ることなく、最期の別れを告げた。残酷で惨めで虚しい永遠の別れだった。

翌日、お母さんは仕事を休んでいたが、午後になって「出掛ける」と言った。
「何処へ行くの?」と聞いたけれど、「夕飯までには戻る」と言うのみで、他には何も教えてくれなかった。
お母さんの目はわたしを威圧するように冷たく、わたしもそれ以上は訊く気になれなかった。
お母さんは、下界の砂漠に溶け込みそうな灰色のロングコートを羽織り、出掛けて行った。

不穏な空気を感じなかったと言えば嘘になる。
だけどわたしに止める勇気はなく、その力もなかった。
ただただ、お母さんが無事、帰ってくる事だけを祈った。


私は奴らを許さない。
奴らは花の殲滅を掲げて暴力を振るう事を正当化し、弱者を虐げる事に快感を得ている。
花となった人間は確かに異形とも言うべき姿になるが、人を襲うことはない。何故なら植物だからだ。
それを奴らは執拗に攻撃するから花の防衛反応が働き、被害が拡大するのだ。
花の防衛反応は確かに恐ろしい。自身への攻撃を感知すると、吸血性の虫が好む香りを出しておびき寄せ、自身の血を吸わせて興奮させる事で、周りの人間に噛みつくよう仕向ける。
だから花の蔓延が収まらない。手遅れになる前に正しく治療すれば治る筈の病なのに。奴らはそれをわかっているのか?
いや、奴らにとってはそんな事はどうでもよく、他者を虐殺してよい理由を見つけたのだから、人間が本来持っている攻撃性を解放して楽しんでいるだけなのだろう。
人間の最も愚かな部分が顕現している……奴らこそ穏やかな花になるべきではないのか。
私はそう思い始めていた。
そして私はいつからか、自ら開発した銃を常に持ち歩くようになっていた。
手のひらに収まるごく小さな拳銃で、弾丸には患者の血液を混ぜた麻酔弾を装填している。この銃で撃った対象は花になるだろう。
殺意にも似た歪んだ感情が、私の中に芽生えていた。

合同葬儀を終えた翌日のこと。私は一人、事件の起きた現場へ向かった。
現場の病院は窓ガラスがきれいに崩れ落ち、白かった壁は黒く焼け焦げて、所々はまだ燻ぶっていた。
生々しい爆発の跡——1階の待合に足を踏み入れると、床には瓦礫が散乱しており、歩く度に乾いた音を立てた。この病院は、一夜にして廃墟と化したようだった。
入院病棟へと続く奥の廊下は防火戸が閉まっていた。恐らく他の隊員や患者の多くは、非常口から無事逃げた事だろう。
夫は死んだが多くの命は救われた筈だ。そう思う事で自分を慰めていると、入口の方で物音がした。私が歩いた時と同じ、乾いた音だ。
柱の陰に身を隠し様子を伺うと、まだ10歳になったかどうかという位の幼い少年が、金属のバケツを両手に抱えて入ってきた。そのバケツにはガラクタの類が山盛りになっている。
少年はゆっくりと時間をかけて待合の中を見渡し、建物の残骸を幾つか選んでバケツに入れた後、再び入口から出て行った。
一体、何をしていたのか――。
私は静かに後をつけた。

少年が荒廃した教会の前を通り過ぎようとした時、教会の中から2人の青年が姿を現し、少年の前に立ち塞がった。2人は質素な灰色の作業服を着ており、まるで工場勤務者のような出で立ちだったが、腰には刀を差している。
「何処へ行っていたんだ?」
青年の1人が柔らかな口調で訊く。しかしその目つきは鋭い。幼い少年は目線を落とし、俯いて沈黙した。
するともう1人の青年が突然、少年の腹を蹴り飛ばした。
金属のガラクタが散乱する耳障りな音を立てるとともに、少年は地面に転がり、腹を抱えてうずくまった。
少年は呻きながらも反抗的な目で青年たちを睨みつけ、息を切らしながら声を絞り出した。
「兄さんを……さがしに……行ってたんだ。でも……どこも壊れていたじゃ……ないか」
それを聞いた青年が、再び柔らかな口調で言う。
「あぁ、お兄さんか。言っただろう?お兄さんは正義の為に戦ったんだ。見事な最期だったよ」
「違う!兄さんは――!……くそっ」
少年は涙声でそう叫んだ後、身体を無理やり起こし、転びそうになりながらも何処かへ走り去った。
青年たちはその様子を静かに眺め、小声で何か言葉を交わした後、少年が走り去った方角へと歩き始めた。
私は、その青年たちの後をつけた。

とある廃倉庫の中。暗く静かで冷たい、生き物の気配など全く感じられない建物の中に、青年2人は入っていった。
中は大きなコンテナや棚が立ち並び、視界は悪い。
後をつけていた私には好都合の建物の中、青年2人の視線の先に、さっきの少年の姿を見つけた。

ガラスがきれいに崩れ落ち、枠のみとなった窓の傍に、僅かな陽光を浴びて生きる寄生花の姿があった。
いや、正確に言うならば、女性がひとり、窓枠に手をかけて外を見つめるようにして座っており、その手首には林檎の大きさ程の花が咲いている。そしてその女性の脚はなく、代わりに太い蔓のようなものが幾重にも重なって木の幹のようなものを形成し、割れた床の隙間から地面へと根を伸ばしていた。
手遅れの患者だ。私はそう思った。歳は私とそう変わらない、子育て中の母親と言っていい年齢の女性だ。
その女性に向かって座り、身体を丸めて静かに泣く少年の姿があった。
青年たちはわざと高い足音を立て、少年の背中へ向かって歩き出した。と同時に声を発する。
「花は敵だと教えただろう?」
気づいた少年がすぐさま振り向き、狼狽える。
「これは花じゃない……ぼくの母さんだ!まだ生きてる!」
「関係ない。これで斬れ」
そう言って青年は腰に下げていた鉈を抜き、少年の足元へ滑らせた。
「できなければ、お前のその使えない右腕を切り落とす」
冷酷なその声色は、聞く耳を持っていない事を少年に悟らせた。
少年は鉈を掴み、怯えながら母親の方へ向き直る。青年たちは、少年の一挙手一投足を冷めた目で見ていた。
しかし、少年がそれ以上動けないでいると、先ほど腹を蹴りつけた青年が腰の刀を抜き、少年に静かに歩み寄った。
少年の腕を切り落とすつもりか――。反射的に私は所持している麻酔銃に手を伸ばしたが、青年が少年の傍で何かを告げた後、少年は狂気の沙汰で母親の腕を何度も鉈で殴りつけ、切り落とした。
何が起きたのか理解できないまま、私はその状況を見つめていた。
青年は「よくやった。落ち着いたら戻ってこい」と言い残し、2人とも足早に去っていった。

私は青年たちの後を追った。
2人の話声が聞こえる。
「お前、花の防衛反応は知っているだろう?あの子も花になるぞ」
「あの子はどのみち使えない。疑問を持ちすぎる」
人を暴力で支配し、要らなくなったら簡単に切り捨てる……残酷で野蛮な生き物たち——。私が穏やかな花にしてやろう。そして責任をもって、私が治療してやるよ。
そう思い、今度こそ私は、自作の麻酔銃を抜いた。


→ 第6話 再会 へ


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