スパゲッティにつられて投擲をはじめたアメリカ選手
8月2日の国立競技場。
フィールドには女子円盤投決勝、女子棒高跳予選の選手たちの姿が。夕立の影響で湿度が高い。
アメリカの期待、メダル候補のヴァレリー・アルマンが1投目に69m98を投げてトップに立つ。アルマンの自己ベストは70m15から見ると、かなりの好記録だ。
ほかの選手たちは記録がなかなか伸びない。
8時半をすぎ、400mハードルの前あたりから、強い雨が叩きつける。係員たちが急いで機材にカバーをかけ、ピッチの水を取り除くが、雨が止む気配はない。
雨足は強くなる一方で、棒高跳と円盤投の選手は屋根の下に避難するように指示が飛ぶ。そんな中でもなぜか400mハードルだけは競技が続いている。3組目のレース前は土砂降りで、何人かの選手はスタート地点につくことを拒んだのに。
円盤投の選手たちが再びフィールドに戻り、競技を続けるが、なかなか記録が伸びず、3投終わってアルマン首位は変わらず。サークルが雨で滑ること、雨で中断して集中力を切らした選手がいることも影響しているのだろう。
1投目に65m 72を投げたキューバのエイミ・ペレスが4投目に65m20を、5投目にドイツのクリスティン・プーデンスが66m86を記録したが、アルマンには及ばず。アルマンが2008年北京五輪以来、米国にこの種目で金メダルをもたらした。
アルマンは「信じられない。去年、コロナのときに体作りに時間をかけた。練習場所も閉鎖になって高校で練習していたので、投擲練習をしてもいまいち距離がわからなかった。でも測ってみたら70m近く投げれている日があって、もしかしていけるかもと自信がついた。今日も自分らしく投擲できた。雨の前に1投目で決められてよかった」と話す。昨年の好調さを今年も維持し、全米オリンピック選考会でも優勝。今大会もメダル候補として臨んだが、見事、金メダルを手中にした。
悪天候のなかで結果を出せた理由をアルマンのサイオンコーチはこう話す。
「慣れた環境でいいパフォーマンスができるのは当たり前だし、できて当たり前。こういったアウェイの環境でどこまでできるかがポイントだと思って練習してきた。特にダイヤモンドリーグのルール変更も考え方を変えるきっかけになった。DLでは3本で結果を出さないと次の投擲に進めない。だから1本目からしっかり数字を出そう、と話し合い、練習でもそれを心掛けてきた。もちろん1本ずつ組み立てていく選手もいると思うが、我々とは異なる考え方だ」
その戦略が功を奏した。
ちなみにアルマンが陸上競技の投擲に取り組んだ経緯がとてもユニークだ。
幼い頃からダンスが大好きで、いつも踊っていたという。高校生の時に体格の良さと柔軟性、運動神経の良さをかわれて、陸上部のコーチに見学に誘われた。スプリントや跳躍などに取り組んだが、「いまいちしっくりこなかった」と言う。
しかしコーチは諦めず、アルマンをチームのディナーに誘った。
「そこで食べたスパゲッティが美味しくて、世界一おいしいスパゲッティだったの。陸上部に入ったら、それがいつも食べられると思って、投擲で入部した」
コーチは美味しそうにスパゲッティを平らげていた少女が、オリンピックで金メダルをとるとは思っていなかったのではないだろうか。アルマンは大きな体格を生かしたダイナミックな投擲とダンスで培った柔軟性を存分にいかした投擲をする。サークルに入る前にはいつもアップがわりにダンスをするが、それは遠心力を使った投擲に大きくプラスに働いている。高校時代のコーチがそこに才能を見出したか分からないが、彼のスカウトは正しかった。
アルマンはこうも続ける。
「投擲を続け、スタンフォード大学にも奨学金をもらって通い、素晴らしい教育を受けることができた。今はアシックスという素晴らしいスポンサーがついて、競技を続けられている。とても感謝している」
アルマンを見出した高校のコーチ、育てた大学コーチ、そして金メダリストに磨きをかけたサイモンコーチ。彼らの功績もたたえたい。