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ライアン・ロクテはもう十分に償いをした

 今週、アメリカで水泳、陸上、パラリンピックの水泳、陸上、自転車のオリンピックトライアルが開催されている。

 水泳で5回目の五輪出場を狙っていたライアン・ロクテが得意の200m個人メドレーで7位に終わり、東京への道が絶たれた。

 コロナの前、2019年1月、2月にロクテの練習を見学する機会があった。朝7時ころから朝練、午後は3時過ぎから6時頃まで午後練があり、彼はずっと水の中にいた。ロクテのお父さんも指導にあたっており、お父さんとも話す機会があった。
 リオ五輪で試合後にトラブルを起こし、ブラジルに、そして米国チームに多大な迷惑をかけたこと。リオ五輪のあと、水泳連盟から14ヶ月の資格停止処分を受け、スポンサーを始め、いろいろなものを失った。信頼もお金も、これまで築き上げたものも。水に入る時間が減り、お酒の量も増えた。アルコール依存症になっていた時期もあったという。
 
 ロクテは以前は飄々として、目があうとウィンクしてくるような茶目っ気のある選手だったが、リオ五輪後はメディアだけではなく人間不信になった部分もあるのだろう。なんとなく暗さがあり、練習初日は厳しい視線を向けてきた。
 正直、彼が泳ぎ続けていることに驚いた。十分な結果を出しているし、年齢的にも36歳と体力が必要な水泳ではかなり厳しいのではないか、と思った。

 でも彼はやめなかった。

 ロクテの五輪行きが絶たれると、メディアやSNSはリオ五輪のことを蒸し返し、彼がいかに「米国代表にふさわしくないか」「引退すべきか」「恥知らずか」を騒ぎ立てた。確かに彼のリオでの振る舞い、起こした事件は冗談では済まされないもので、ブラジル政府やブラジルの人たちを大きく傷つけるものだった。五輪で入国していなければ、刑事罰に問われていた可能性もある。

 しかし5年経った今も叩かれるべきことなのだろうか。彼は罪を償ってプールに戻っている。選手としての評価を下すべきで、人間性を否定するのはいかがなものなのだろう。

 個人的にはロクテに東京行きの切符を手にしてほしいと思っていた。彼の泳ぎそのものが好きという理由もあるけれど、若い選手たちのリーダー的な存在になれると思ったからだ。
 東京五輪はコロナ禍の影響で、行動規制が敷かれ、違反した選手には処分の可能性もある。止めても違反する選手はいるかもしれない。だからこそロクテに、代表とはどう行動すべきか、代表のプライドやIntegrityについて若い選手に話してほしいと思っていた。若い選手たちに教育できるのは、良くも悪くもロクテが適任で、叩き続けるよりも、彼の経験を次に繋げる機会を与える方がスポーツ界のためになると感じていた。

 ロクテは五輪で金メダル6個、合計12個のメダルを獲得している。同じ時代にしのぎを削っていたマイケル・フェルプスの影に隠れていた感はあるかもしれないが、彼のしなやかな泳ぎはマイケルとは異なる魅力がある。フェルプスがクジラのようなダイナミックさで、水を制するのなら、ロクテはイルカのように水を味方につけて泳ぐ選手だ。両親ともに水泳コーチをしていた関係で、プールサイドでハイハイをして育ち、歩く前に泳いでいたという。天性のしなやかさと柔らかな動きで、魅力的な泳ぎをする。

 東京五輪への道は断たれたが、ロクテは引退を口にしていない。
 
 ロクテは水がとても似合う。納得いくまで泳いでほしい。

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