肌に合う生活_20190522
京都での生活
朝、シャワーを浴びて、髪をかんたんに乾かす。ようやく結べるようになったショートボブをくしゃっとまとめるだけでいい。まとまりきらずにおちてきてしまう横髪は気にしなくたっていい。
気にしない、というのは決して、ないがしろにするという意味だけではない。ここでは、着飾らなくてもいい、という意味だ。うまいぐあいに着飾って、つよくおおきくきらびやかにみせずとも、そのままのわたしを受け止めてくれるようなやさしい感覚がここにはある。
東京で暮らすわたしはいつも、ぱんぱんにふくらませた風船だ。朝起きてから寝るまでのあいだ、目につくものをかたっぱしからすべて含む。夜、すこしの休息はしぜんと空気が抜けたくらいのもので、さくじつを含んだままのわたしで今日を含みつづけていく。情報量が多すぎる。わたしのこの生き方では、息をするだけでつかれてしまう。つかれるくせに、わたしのなかはいつもどこかからっぽだ。
都会の利便性やさまざまなモダンの最上級を得た代わりにわたしは着々となにかを失っていると痛感する。東京が悪いというわけではない、わたしが東京に合わないだけだ。
ここにいるときの、こういう気持ちになるためには、ほんとは、東京じゃなければどこだっていいのかもしれないけれど、それでもわたしの肌には京都が合う。肌に合うから、何度もきてしまうのだろう。なにもせずとも満たされるのだろう。
こんな、こんなこんな尊いやさしさや、不純物ひとつ含まない愛しさに触れてしまって、これ以上わたしはなにを望めばいいのか。
あと数日。
aoiasa
- 20190522
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