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case-13- それでも受け入れる現場 〜その2〜

case-13-   それでも受け入れる現場   〜その2〜

※スタッフ、関わった方の名前年齢は全て私が便宜上適当につけた仮名ですので、ご安心ください。



元橋さんの状態は日に日に悪化、結局暴走を止めることの出来るスタッフはなく、ただのおじさんが犠牲となった。
彼はドライバーなのに、彼女と事務所で過ごすのだ。ずっと隣にいて呪文のような例の言葉を聞かされるだけ。はっきり言って、認知症の勉強をしている訳では無い彼にとってこれは苦行でしかない。
因みに、ドライバーの賃金は1120円〜。
冗談じゃない。こんな低賃金で、ドライバーだけでなく認知症の面倒まで見なきゃいけないのだ。
とはいえ、現実問題、このドライバーさんのこの対応が無ければとても彼女はフロアに居られる状態ではなかった。問題が多すぎてため息をついて喧嘩を止めに来る相談員にもブチ切れて唾を吐く。

この段階まで5人ご利用を辞められているのに、何故この面倒くさいケースを引き受けているのか?それは『介護度』の問題だ。

辞めた5人は『要支援』が2人。はっきり言って、支援レベルのお客さんはお金にならない。残りの3人は介護2、これも大した重くない。要するに普通のおばあちゃん達だ。
その5人が例え元橋さんが嫌いだから辞めると声を上げても、会社は介護度4の元橋さん(週7、つまり毎日利用)の方が金になるから選んだのだ。
スタッフがいくら大変だろうと誰も気にしない。会社は金が全てだ。現場で何とかしろ、という事なのだろう。
この時も若いスタッフが2人ほど元橋さんに噛まれたんですけど!?と声を上げたが労災にもならず、当時の所長と部長が別室で話を聞いただで終了した。
あまり声を上げると、とんでもない職場に勤務移動させられる会社だ。彼女らはそれから文句を言わなくなった。元橋さん以外はほとんど手のかからないお客さんが多く、デイサービス本来の活動を心から楽しめる良い職場だった。移動なんてしたくないから何も言わなかったのだろう。

この上司らの対応、はっきり言って『パワハラ』でしかない。でもこれが会社の常であり、こういうのが当たり前と化している。
そういえば、姥捨山に捨てられたわたしの手術室時代もそうだ。介護の現場だけでなく、病院の医者への忖度を加味した人事移動も結局見えないパワハラだ。

話戻り……。
さらに2ヶ月後、彼女はドライバーさんのことも忘れた。
あれほど大好きで写真を持ち歩いて意味の分からない言葉を話してまたフロアを歩き回る、そんな彼女が発狂しながらドライバーさんの写真を事務所に向けてぶん投げた。「こんなのしらないしらない、しらない!」と。

分厚いプラスチック製の窓?なので全く問題はなかったのだが、彼女のまだらな認知症はデイサービスで受け入れるレベルを脱していた。

元橋さんに関わって自分が疲弊することにうんざりしたわたしはこの月でバイトを辞めた。

月日が過ぎ、クリニックが潰れたので仕事をすべくこの会社系列の小規模多機能へと就職した。本当はデイサービス希望したのに、どこも常勤看護師で埋まっており枠がなかったからだ。いつかデイにおろしてもらえるという約束のもと、わたしはこの未開の土地の扉を開けた。

case12で記載した麻木さんや収集癖の酷い戸柱夫婦など、問題児の多い中で日々の仕事だけでかなり疲れていたのだが、ある日もっと問題のある人が契約の名前にランクインされた。

「元橋さん、明日からご利用だからちゃんと情報見といてね」

まあ、元橋さんなんて──まあまあいる名前のはず。絶対違う、違うよな、うん違う。そう思うしかないよ、違うってば!

「葵さんのよぉーっく知ってるあの元橋さんだよ。デイの時より“スーパー悪化“してるから、よろしくね(にっこり」

時が止まった。
また、彼女との戦いが始まるのか。

わたしは何の為に気に入っていたデイサービスのバイトを辞めたんだ?
これでようやく彼女に遭わなくて済む!そう思っていたのに、まさかのリターンズ。

そして、ケアマネの言うように元橋さんはスーパー悪化していた。
歩行状態は問題なし、しかし男性スタッフ以外には会話にならない呪文を飛ばし、お腹が空くと他の利用者さんに噛み付く。
小規模多機能は認知症の方しか居ない。デイサービスの時は助けてくれた相談員もなければ、こちらを守ってくれるスタッフも居ない。
そして、派遣看護師が傷を追うと本来は労災になる。なので派遣看護師は元橋さんに関わらなくていいとお達しが出た。

ふざけんなよ、私も散々噛まれたけど労災下りなかったぞ。マジで激おこプンプン。
わたしは左肘粉砕骨折の後遺症を共に生きている。痛む腕を何度彼女に引っ張られたか。
痛いと言うとヒートアップするし、噛まれても血が出てなきゃ大丈夫という具合でもみ消される。
私のぶっとい腕で噛まれたくらいで血なんてでるわけねぇだろと当時の相談員に突っ込みたい。

まあ嘆いても彼女は毎日来る。しかも、デイとは違い、こちらは小規模多機能。薬もこちらで、そしてお泊まりもさせて欲しいと息子さんからオーダーが来た。

おいおい、こんなにとんでもないハイパーモードなのに風呂もこの少ない人数で入れて、おまけに泊まり?無理に決まってんだろ。
わたしは申し訳ないが、デイでは3人で入れていたこと、トイレも吠えて噛みつき大変だったことを全部伝えた。
しかしケアマネから返ってきた返答は意外な感じで、

「うん、そんなの知ってるから笑。やるしかないんだよ」

小規模多機能。ここは少数精鋭のスタッフが揃う場所。1番最初に元橋さんの対応に抜擢されたのは、わたしを教えてくれた安藤くんだ。
安藤くんはケアマネからの指示で元橋さんに関わった。息子さんよりも8歳くらい若く、見た目も全然似ていないのに元橋さんは彼を「のんちゃん(息子の名前仮)」と呼び喜んだ。

「俺、よっちゃん(元橋さんの名前、仮)の息子さんよりも若いよ?」
「のんのんのんのんのんちゃちゃちゃちゃちゃー!」

ニコニコ笑顔で彼と手を繋いで歩く様子に、彼女はいくらアルツハイマーが進行しても、母親としての気持ちは忘れていないことが初めて見えた。

確かに、彼女のケースはデイサービスから出禁をくらっていく場所も無かったと思う。早々に施設を探しても良いはずなのだが、彼女が働いていた時に持っていた口座が動かせないとのことで、彼女にかかる費用は全て看護師の息子さんが行っていたらしい。

これも国の動かさない問題のひとつなのだが、認知症になってしまうと自分でお金の管理が出来ない。
家族が対応したくても、日頃からパスワードなんて聞いているわけないのでお金の移動をさせられないのだ。法律上、家族であってもその人の財産を動かすことは禁止されている。
息子は私よりも若い子だったので、そんな金銭面まで着手する余裕がないまま、とんでもなく高い小規模多機能の利用料を払っていた。

デイサービスでバイトしていた頃は面倒くさい認知症を押し込みやがって。と同業者の息子に腹を立てていたが、給料の殆どを母の介護と、弟達の為に尽くす姿に私の心が動いた。

自分に何が出来るかなんてわからんけど、きちんと彼女に関わってみよう。

アルツハイマー。問題の多いこの認知症と関わる私の戦いの記録として残す。



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