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森人族の国、シャルム(3) 葵の忘却のアポカリプスより
森人族の国、シャルム(3)
薄暗い闇の中で薪を集めていたアイムの手が突然止まった。周囲の気配は全くないのに、ひたひたと強力な殺気が忍び寄る。
『──さて、そろそろ身体を貰おうかな?』
「だ、誰……だ」
胸がざわつく。知らない声……しかも、身体の中から。
セシリアから受け取った笛に何とか手を伸ばしたものの、意識はそこでふつりと消えた。
『──やっぱり焔で鍛えられた身体は違うなあ。これならまあ、動けるかな?』
新たに得た身体を軽く確認した所で、アイムを抹消した闇森人族は長い耳に手を当てた。
『【焔】の騎士セシリアと【威】のソフィアがそちらに向かっております』
『……リーシュは来ないのか。良い餌になると思ったのにのお』
『いかがいたしましょう?』
『二人を確実に仕留めよ。シャルムの地を踏ませる事は許さぬ』
『御意』
通信を終えた闇森人族は再びアイムの姿へ戻り、散らばった薪を抱えると、足元へ転がってきた小さな笛を軽く蹴飛ばした。
◇
暖を取る場所へと戻ると、見回りに行っているのかセシリアの姿は見当たらなかった。
腰に携えた剣に手をかけ、眠るソフィアに近づいた瞬間、
『ギャァ!?』
闇森人族は突然両腕を切り落としてきた何かに驚き、思わず変身を解いてしまった。
追撃を警戒して距離を取り、不覚にも落とされた腕を引き寄せる。
『クソ……コンナハズデハ』
慌てて治癒魔法を発動させる様に、ソフィアは口元に小さな笑みを浮かべた。
「ヴィクトールを洗脳してアイム・ティンダーを偵察に捻出したまでは合格点だけれど、そう簡単に欺けると思わないことね」
『ナラバ、オマエダケデモ……!』
「バカにしないで。行くわよ、《秘術・短剣》」
光る円の中にある異空間から色々な形の短剣が出現したものの、闇森人族が再び身構える前にそれらはふっとかき消えた。
『秘術ダト……キサマ、外道カ!』
「嫌ねえ、闇森人族に外道呼ばわりされる覚えは無いわ。私は、命を賭けても絶対に守りたい人がいるのよ」
そう言い放ち携帯している錫杖を取り出した瞬間、闇森人族もまた異空間から漆黒の片手剣を取り出した。
(何故闇森人族が狭間に干渉できるの? もしかして、《魔装具》は人間族に与えられたものではなくて)
『《解放》』
ソフィアの推測が結論に到達する前に闇森人族は再び変化した。
蓄えられた魔力の全解放。地面はドス黒く変色し、周囲三十メートル程、神秘的な緑の森から“無“が支配する灰色の世界へと変わっていく。
そして闇森人族もアイムとはまた違う、“人“へと変わった。
黒髪に赤い瞳、耳は森人族系の特徴だが、人間族が扱う生地の青いマントに銀色のチェーンメイル。そして禍々しい装飾をつけた漆黒の片手剣。
あれは魔装具なのか、それとも──?
ビシビシ感じる闇森人族の魔力はSクラスの招かれざるものとほぼ同等。魔力をわざわざ《解放》した理由が分からない。
もう一つの疑問は、変身した彼の着用している衣類はリーシュのものに似ている。あの漆黒の片手剣も《セラフクライム》に近い。
ソフィアは敵が動く前にちらりと馬へ視線を向け、こちらの手札がまだ残されている事を再確認した。
「あの子は逃してくれないかしら。無抵抗の動物を手にかける程、残酷では無いはずよね」
『足を捨てるとは早々に死を覚悟したか。潔いのはいい事だ。野に帰せ』
大きな賭けだが、焔の馬は賢い。ソフィアが一番最初に与えた指示通りに動いてこの現状を伝えてくれるはず。走り出した馬に希望を乗せてふう、と小さく息を吐き出した。
「もう一つだけ教えてくれないかしら、貴方のその剣は《セラフクライム》なの?」
『死ぬと決まってもまだ貪欲に知識を欲すか。【威】の女は変わり者だな……』
やれやれ、と頭を抱える男の様子に、ソフィアはクスリと微笑んだ。
「ごめんなさいね、私は探究心が人一倍強いのよ。どうやって闇森人族が《魔装具》を得たのかしら」
『これは《魔装具》ではない』
魔力の高い闇森人族達にとって《魔装具》は自分らの魔力を凝縮して武器に埋め込んだに過ぎないのだろう。
誰が作ったのかは気になったが、核に至る部分まではこの状況では聞き出せないと踏んだ。
もう少しシャルムや闇森人族の内部情報が欲しい。セシリアが戻るまではと己の命を天秤にかけ、気合いを入れてソフィアは小さな拳を強く握りしめた。
「シャルムはいつから森人族ではなく闇森人族の国へ変わったのかしら?」
『元々シャルムは闇森人族の国だ』
「嘘よ、豊かな森に動物達。森人族が守ってきた聖なる国が」
森人族の話を引き出した瞬間、男の顔が途端に険しくなった。闇森人族と森人族は合間見れぬ関係性、どうやら地雷を踏んだらしい。
『お喋りは終わりだ。もう一人の女はお前の死骸で炙り出すとしよう』
闇森人族が再びソフィアとの距離を詰め、漆黒の片手剣を天へ振り翳した瞬間、彼の背後から強烈な熱を帯びた赤い光が放たれた。
「《炎槍》!」
気配を消したまま急接近したセシリアの炎の槍が闇森人族の右胸を確実に貫く。槍の先端からは巨大な爆炎が上がり、火の粉が周囲三メートルまで高々と舞い散った。
「ソフィア様、遅くなりました」
崩れ落ちかけたソフィアを素早く抱え、セシリアはすぐさま爆炎から距離を取った。
「あれで奴が死ぬとは思えません。とにかく今はこの場を早急に離れるしか」
「ええ。馬を放ったわ……間に合えば何とか」
セシリアの肩を借り、森の外へ足を向けた瞬間、燃える炎から愉快そうな笑い声が響いた。
やはり仕留められなかったか、とセシリアが小さく舌打ちをする。
『漸く揃ったな。こちらも本気で行くぞ!』
セシリアの秘技である業火を風の力で相殺した男は貫かれたはずの右胸を完全に修復していた。
驚異的な回復力に二人は厳しく面を引き締める。