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森人族の国、シャルム(4) 葵の忘却のアポカリプスより
森人族の国、シャルム(4)
「──ソフィア様、走れますか?」
セシリアは厳しい表情のまま槍を守りに構え直した。それが何を意味するのか悟ったソフィアは緩く首を振る。
「闇森人族は狙った獲物を絶対に逃さない。一度領域を犯した私達を確実に仕留めるまでは。彼らは耳もいいし、私が逃げた所で時間稼ぎにもならないわ」
『余計な抵抗をしないのは聡明な判断だ。では、我々の目的の為に“素材“になってもらおう』
男の指先に蓄えられた魔力がピンと弾かれた瞬間、セシリアが先ほど放った業火よりもさらに強力な炎が龍が舞うような渦を巻き二人に襲いかかる。
「くっ……《炎舞》!」
セシリアが即座に槍を回転させ炎を受け止めたものの、相手と彼女の魔力は桁違い。焔の特殊加工されている鎧も一気に焼き尽くされる。
『力の差、己の無力を嘆き、自らの技で朽ちるが良い』
「ぐ、ああ……っ!」
更に膨れあがる相手の魔力を抑え切れずセシリアの身体はついに業火に焼き尽くされた。
「いけない──秘術、《聖杯》!」
《魔装具》は全ての人間に与えられるものではない。Aランクの招かれざるものと戦える力を持つ騎士をこのような偵察で失う事は許されない。
シャルムの内部が想像以上に変わっていた事が今回の偵察における敗因だった。
確かに緊急脱出用の札を受け取った際に、イリアから『まだ動く時ではない』と静かに諭された事を思い出す。
創世神の生まれ変わりと謳われる謎の多い巫女は時に未来を見つめているのか、何とも言えない空気を滲ませる。
年齢、出生、全てが謎に包まれた彼女に全て見抜かれ、彼女の言う通りに星が導かれるのを不服と感じているソフィアは少しでも反抗したい気持ちもあり、シャルム内情偵察の時期を独断で早めたのだ。
(あの人に認められたいからって、勝手に動くのはやっぱりダメなのね……)
これは自らが招いたただの我儘。秘術の代償である激痛を堪え、治癒魔法《聖杯》で炎の中からセシリアの身体だけを救い出した。
鎧は完全に焼かれ、皮膚は焦げ朽ちており、呼吸も浅くかなり危うい。辛うじて心臓は動いているものの、早急に処置をしなければ間に合わないだろう。
イリアから受け取った脱出用の札は2枚。
此処で2人同時に逃げた所ですぐに捕まるとしたら──。
『その女は必要ない。我々が欲するのは軍師ソフィアの脳と、リーシュの身体』
「リーシュですって……?」
聞き覚えのある名前に思わず反応してしまった。やはり招かれざるものをメタトロン帝国に放った事から、シャルムの者はこちらが知らない“何か“を知っている。
万全の状態であればもっと情報を引き出したい所だが、魔力も尽きかけたボロボロの自分と瀕死のセシリアを抱えた状況で勝ち目は無い。
「闇森人族が何故リーシュを欲するの、彼はただの騎士よ」
『知らないのか、それとも知らぬフリをしているのか──まあ良い。軍師ソフィア、お前をこのまま頂いてリーシュを引き寄せる餌としよう』
「冗談。いくら貴方の顔が良くても無理矢理って言うのは女性に嫌われるわよ?」
セシリアに撤退用の札をつけ、メタトロン帝国まで一気に飛ばす。イリアの魔法が練り込まれたこの札は誰であろうと弾く事は出来ない。
必要ないと言った通り、セシリアには興味を持っていない闇森人族の男は彼女が光の塊となり飛ぶ姿を見ても顔色一つ変えなかった。
例えヴィクトールクラスの増援が来たとしても自分が負ける事は無い。魔力を《解放》した男の絶対的な勝利を確信している顔にソフィアは眉を顰めた。
「何よ……私を分解した所で何も出ないわよ」
『ソフィア・キルシュナー。お前は魔神に遭遇して生き残った人間の一人と認識しているが』
シャルムの者は招かれざるものの事を魔神と呼ぶのか。
敵に“招かれざるもの“が何を示しているのか悟られないように、ソフィアがメタトロン帝国内部で“招かれざるもの=アウトサイダー“と名付けのだ。
その名を敵側に知られて居ない事にほっとしつつ、魔神とは何か素知らぬ顔のまま首を傾げる。
「あら、一体何の事かしら。私は焔の人間ではないし、今まで一度も戦場に出た事なんて無いわよ」
『お前はもっと聡い女だと思ったが……この身体が最初誰のモノなのか忘れたのか?』
男が奪った身体、アイム・ティンダーは焔の新人騎士として入団したのは紛れもない事実。
シャルムの手先である男が彼の中に何かしら分からない手を使い忍び込んでいたのだろう。
焔に入団した新人騎士らに一般的な情報は与えられる。
普段は表に出る事のない【威】なのだが、今回は焔の力を借りる必要があったので、ソフィアが今回新人騎士の前に初めて顔を出してしまったのだ。
大事な偵察なのだから、選抜も全てヴィクトールに全て任せておけば良かったのに。認められたいという自分の中に眠る焦りが重大な事故と失敗を引き寄せてしまった。
「踊らされていたのは私の方なのね……」
“戦術予報士“として先読みが必要なのに、敵に懐へ入られた挙句、先の先まで行動されているとは。
「あともう一つだけ教えて。クレセント大神殿を襲ったのは、貴方達なの?」
この質問も何を聞くのだと笑い飛ばされるかと思いきや、男は眉間を寄せた。
『クレセント大神殿を襲うなど馬鹿げたことだ。それに、あの神殿を襲った所で何も得るものは無い』
これで得られる限りの情報は得た。だが、自分の脳を敵に渡す訳にいかない。
メタトロン帝国の機密だけではなく、リーシュを分析した結果や、今後Sクラスの招かれざるものとどう対峙していくかまで詳細に刻まれている。
彼女が敵に渡る事は国を売るよりも罪が重い。
「ふふっ残念ね、私は死ぬ訳にいかないの」
イリアから受け取ったもう一枚の札。
これは逃げるのではなく、確実にソフィアの持つ全情報を相殺する最強の刺客を呼ぶ。
彼女は星読みでこの先を見抜いていたのだろう。シャルムに誰が居るのか、そしてソフィアが起こした浅はかな行動で誰がどうなるかまで。
最後まで予測でイリアに勝てなかった事に唇をきゅっと噛み締め、札に残された魔力を送る。
「──さあ、私を殺しなさい!」
札は眩い光を放ち、次第にそれは形を丸く変える。
召喚されたのはイリアがペットとして常に側に置く白いモフモフだった。
てっきり凄腕の暗殺者が召喚されると踏んでいたソフィアは、その見覚えのある顔に脱力し、力なくへたりと地面に座り込んだ。